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2021/2/14

トーマス・グラバー グラバー長崎へ出立〜長崎商工会議所設立〜  財閥(日本・世界)








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明治維新の大功労者 トーマス・グラバー フリーメーソンとしての活躍
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2816.html









明治維新の大功労者 トーマス・グラバー フリーメーソンとしての活躍
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜初恋の人との別れ〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜フレーザーバラを離れる〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ 〜ギムナジウムへ入学〜 
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜海の向こうに何がある〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷との別れ〜内部の矛盾を抱える〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜 活気に満ちたアバディーン〜 
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜 ジャディ・マセソン商会〜 
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜アヘン戦争で飛躍したJM商会〜 
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜船舶中買業に就職〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜不快な大都市上海〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜大平天国の乱〜
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ旅立〜マッケンジーの誘い〜 
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ旅立〜尊王攘夷、倒幕に揺れる日本〜
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ旅立〜尊王攘夷、朝廷に内緒で通商条約のサイン〜 
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ出立〜清潔で平和な町長崎〜
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からの続き





















長崎商工会議所の設立

一八伍九年のこの当時、現在、長崎最大の観光名所となっているグラバー邸などあるわけもなく、彼が宿泊した場所は、オランダ人商館とその館員達が居住する「出島」であった。

これはマッケンジーがてはいしたらしい。 徳川幕府が長年にわたる鎖国状態へ突入した折、このオランダ商館の出島だけは、我が国唯一の外国貿易の窓口として残されたことは前述した。

しかし、この当時オランダはかって世界へ雄飛した面影は全く薄れ、アメリカ、イギリス、フランス、ロシアの後塵を拝するj国へと成り下がっていた。

事実、グラバーが宿泊したオランダ商館も翌一八六0年(万延元年)には閉鎖させられている。

他国の商館にいつまでも宿泊するわけにはいかず、グラバーはマッケンジーと相談の結果、開港後、着々と建設されつつあった大浦海岸通りから少し上がった場所、

「大浦二十一番」の地を(六一三坪)選択、一八六一年一月には借地料保証金を払い込んでいる。



グラバー邸が完成するまではマッケンジーが借家していた梅ケ崎邸に居住していた。 一八六一年六月、グラバーはウィリアム・オールト、ウォルッシュ商会など、七つの商会が集まり、

「長崎貿易の促進と発展」、「不法取引の禁止」、「貿易報告の発行」のために「長崎商工会議所」の設立を決定した。

この時グラバーはオールト達と共に代表委員に選出されている。 商社マンとしての実力は全く未知数のグラバーが二十三歳で代表委員に選出され、商工会議所の運営に当たる事になったのは、

彼のバックにJM商会とマッケンジーの後ろ盾があったことは言うまでもない。 また同所設立の背景には、長崎在住の中国人商人との競争があったと言われている。

長崎ではオランダ商館の設立と共に、中国との貿易も例外として幕府が黙認していた。中国人は長崎から自国向けに海産物、茶、生糸などを輸出していたが、古くから実績があるため
に低価格で仕入れができた。

となると新しく貿易を始めた欧米系の商社は初めから不利である。 これを排除し、欧米の利潤を守るために設立されたのが商工会議所である。











謎の人物・小曾根英四朗

大浦二十一番の自宅が出来るまでは、マッケンジーの梅ケ崎邸に住むつもりでいたが、グラバーは江戸町の日本家屋へ移り住んだ。

実はこの家屋の世話をしてくれたのが、マッケンジーの紹介で一度会ったことのある小曾根英四朗という若者であった。

年齢はグラバーより少し年上の二十五、六歳位だったが、この家屋は小曾根屋の持ち物だった。「小曾根英四朗」。

今では地元長崎の人でさえ、彼の名を知る人は少ない。 小曾根家及びこの英四朗を物語る資料はほとんど残されていない。

だが「薩長同盟」(慶応二年一月)の立役者坂本龍馬が土佐藩を脱藩し、同年、長崎において総合商社ともいうべき「亀山社中」を設立した折、尽力してくれたのが英四朗だった。

当初、亀山車中の事務所はとても景観の良い伊良林町だった。 しかし、中心街や港へ出るには少々不便だったため、まもなく長崎の中心街、本博多町(現、興善町)へと移転した。

その移転先が小曾根家、本宅の長屋であった。 この時「亀山社中」から「海援隊」と改名された。






次の投稿に続く









アヘン戦争 と フリーメーソン中国進出 
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2655.htm

ジャーディン・マセソン商会と阿片そしてHSBC
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2797.html
ジェームス・サッスーン卿
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2798.html
サッスーン財閥と阿片そして上海
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2799.html
国での阿片貿易を元々仕切っていてのはベアリングズ兄弟商会
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2802.html
ベアリング財閥
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2803.html
ラッセル商会
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2808.html
ラッセル商会とスカル&ボーンズそれと米民主党とCIA 結局は阿片
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2809.html
ハインツ財閥
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2810.html



1857年ウォール街恐慌とロスチャイルドのモルガン、ピーボディ支援
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2786.html
南北戦争直前、欧州列強に狙われるアメリカ
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2787.html
ロシアも参戦していたアメリカ南北戦争
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2788.html
ロスチャイルドのアメリカ進出と南北戦争
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2789.html
グリーンバック紙幣と南北戦争
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2790.html
リンカーン暗殺と「黄金の輪の騎士団」
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2791.html 
リンカーン暗殺とケネディ暗殺 そしてFRB
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2657.html


初めて来日したフリーメーソンはオランダ人
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2811.html
ジョン万次郎 と フリーメーソン
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2812.html
ペリー財閥とボストン財閥
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2813.html
【竹田学校】歴史・江戸時代編K〜暗殺された孝明天皇〜|竹田恒泰チャンネル2
https://www.youtube.com/watch?v=x4hQREPTpyg








PS.この時期、アメリカや日本で何が起こっていたかというと、1837年、アメリカのジョージ・ピーボディが、ベアリング家の親戚であるブラウン家のブラウン・ブラザーズを通じてロンドンのビジネスに参入し、

ロスチャイルド・ロンドン家のネイサン・ロスチャイルドの代理人となっています。 これが、ロスチャイルドがアメリカの金融に参入するきっかけとなりました。

このジョージ・ピーボディは、キダー・ピーボディ証券の中心人物で、ピーボディ基金の設立者です。

ところが、彼には子どもがいなかったので、自分の後継者にジューニアス・モルガン(JPモルガンの父)を指名し、このことでモルガン商会がロスチャイルド・ロンドン家のアメリカの代理人となります。

またリンカーンが暗殺されたのが1846年です。
















財閥(日本・世界)シリーズ のここまでのまとめ
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2815.html
































































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ジャーディン・マセソン商会と阿片そしてHSBC
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サッスーン財閥と阿片そして上海
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ハインツ財閥
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1857年ウォール街恐慌とロスチャイルドのモルガン、ピーボディ支援
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リンカーン暗殺とケネディ暗殺 そしてFRB
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初めて来日したフリーメーソンはオランダ人
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ジョン万次郎 と フリーメーソン
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PS.この時期、アメリカや日本で何が起こっていたかというと、1837年、アメリカのジョージ・ピーボディが、ベアリング家の親戚であるブラウン家のブラウン・ブラザーズを通じてロンドンのビジネスに参入し、

ロスチャイルド・ロンドン家のネイサン・ロスチャイルドの代理人となっています。 これが、ロスチャイルドがアメリカの金融に参入するきっかけとなりました。

このジョージ・ピーボディは、キダー・ピーボディ証券の中心人物で、ピーボディ基金の設立者です。

ところが、彼には子どもがいなかったので、自分の後継者にジューニアス・モルガン(JPモルガンの父)を指名し、このことでモルガン商会がロスチャイルド・ロンドン家のアメリカの代理人となります。

またリンカーンが暗殺されたのが1846年です。
















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