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2021/2/27

トーマス・グラバー : グラバー、長崎での活躍〜琉球王国の危うい歴史〜  財閥(日本・世界)







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明治維新の大功労者 トーマス・グラバー フリーメーソンとしての活躍
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明治維新の大功労者 トーマス・グラバー フリーメーソンとしての活躍
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜初恋の人との別れ〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜フレーザーバラを離れる〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ 〜ギムナジウムへ入学〜 
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜海の向こうに何がある〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷との別れ〜内部の矛盾を抱える〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜 活気に満ちたアバディーン〜 
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜 ジャディ・マセソン商会〜 
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜アヘン戦争で飛躍したJM商会〜 
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜船舶中買業に就職〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜不快な大都市上海〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜大平天国の乱〜
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ旅立〜マッケンジーの誘い〜 
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ旅立〜尊王攘夷、倒幕に揺れる日本〜
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ旅立〜尊王攘夷、朝廷に内緒で通商条約のサイン〜 
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ出立〜清潔で平和な町長崎〜
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ出立〜長崎商工会議所設立〜
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ出立〜謎の人物 ・小曾根英四朗〜 
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ出立〜米国宣教師フルベッキ〜
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トーマス・グラバー 「世界の大きな謎」フリーメーソン〜関係本は五万冊に及ぶ〜
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トーマス・グラバー 「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜スコットランド誕生説〜
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トーマス・グラバー 「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜米国位置ドル札になぜピラミッド〜
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トーマス・グラバー 「世界の大きな謎」 フリーメーソン〜慈善事業へ大貢献〜  
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トーマス・グラバー 「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜ユダヤ人、ユダヤ教の影響〜
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トーマス・グラバー「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜エルサレム神殿の建造者がメーソンの元祖?〜
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トーマス・グラバー「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜全民族のための宗教へ〜  
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トーマス・グラバー「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜ユダヤ教とローマ帝国を批判〜
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トーマス・グラバー「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜十字架の刑へ〜
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トーマス・グラバー「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜キリスト教の成立へ〜
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トーマス・グラバー「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜原始キリスト教団の活躍〜
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トーマス・グラバー「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜アメリカのユダヤ贔屓〜  
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トーマス・グラバー「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜イスラエル、中東戦争に連勝〜
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トーマス・グラバー「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜米国内で大活躍のユダヤ人〜
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トーマス・グラバー : グラバー、長崎での活躍〜茶の輸出を決心〜 
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トーマス・グラバー : グラバー、長崎での活躍〜茶の商人、大浦慶〜
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トーマス・グラバー : グラバー、長崎での活躍〜茶葉の再生工場を建設〜
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トーマス・グラバー : グラバー、長崎での活躍〜五代才助に会う〜 
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からの続き












琉球王国の危うい歴史

グラバーはその手帳に掲載されている物品を一頁ずつ見て行った。 生糸、黒砂糖、樟脳、鉛、べっ甲、緞子(どんす)、毛織物、陶器などが色鮮やかに描かれている。

グラバーは「商品の多くは清国やジャワの産物のようですね」。 「ええ、そうですよ。唐物も南蛮の産物も琉球を通じて簡単に手に入ります。 わが薩摩藩は七十二万石の大藩です。 琉球はわが藩に朝貢しており、いくらでも商品を調達できます」。

ここで少しまた脇道にそれる。 五代はこの時「わが薩摩藩は琉球領内の琉球王国を持っているようなもの」と自藩の実力を誇示して見せた。

しかし、この時点ではあくまでも琉球は独立王国であった。 ただし、清国、薩摩藩の二つに仕える朝貢国であり、とても微妙な王国ではあった。


現在、中国は尖閣諸島はもともと中国のもの。 さらには沖縄列島も元を正せば中国のものと、露骨に覇権主義をちらつかせ始めた。

筆者は日本人であり、尖閣諸島にせよ、是非日本の領土にしておきたい。 しかし史実を客観的に調べていくと、尖閣、沖縄列島ともに中国(当時の清国)の所有する列島といわれても、これを頭から否定する論拠はない。


一三七ニ年〜一八七九年までの約五百年間、琉球王国が最も親しく交流をしていたのが清国である。

そもそも「琉球」と名付けたのは中国人であり、小琉球(台湾)と区別するために「大琉球」と呼ばれた時もある。

十四世紀に入ると琉球本島を中心に小国家が乱立、群雄割拠して互いに覇を競った。 その中、一四一六年、巴志(しょうはし)の登場により、ようやく統一国家、琉球王国が実現した。

この琉球王巴志の時に中国、薩摩藩(徳川幕府)に朝貢したのである。 この頃、琉球は中国、日本、朝鮮、東南アジアの諸国と活発な外交、貿易を、偉大な治世を誇った。

しかし、巴志王の死去後、琉球は再び内乱が続発、尚真(在位一四七九〜一五ニ六)の時代にようやく安定した。

ところが、尚真が死ぬと再び乱れる。 その弱みにつけこんで薩摩藩は「かねてよりの無礼を正す」という名目で、琉球出兵を徳川家康に願い出、家康は直ちにこれを許可した。

一六〇九年(慶長十四年)、薩摩藩主島津家久は三千人もの大軍団を弱体化していた琉球に出兵、これを占領下においた。

薩摩藩はその時の琉球王尚寧(しょうねい)を薩摩へ連行、薩摩への忠誠を誓わせて帰国させた。


これ以降、琉球王国は薩摩藩の支配下に置かれた(「琉球征服」という)。 この間、琉球のもう一つの朝貢国であった清国も弱体化していたため、薩摩藩は琉球の国王襲位、高位高官の任命権をも掌握、税金取得の権利さへも得た。

さらには対清国貿易の管理発言権も確保、与論島、沖永良部島、徳之島、奄美大島、喜界島の五島を割譲させた。

薩摩藩がこういう強権が発動できたのも、清国、琉球王国が共に弱体化していたから出来た事であった。

その後、一八六八年、日本は徳川幕府体制から明治新政府へと移行したが、この時、琉球王光をどうするかが議題ににのぼった。

明治政府は王国体制を廃止て「沖縄県」を設置しようとしたが、これには琉球王国が猛反対。

また琉球と長年友好関係を維持してきた中国(清国)も激しく抗議してきたため、いったん中止した。

しかし、明治十二年(一八七九)、日本政府は兵隊、警察官を動員して武力を背景に琉球王国の廃止と沖縄県の設置を高らかに宣言した(琉球処分)。

こうして、琉球、清国ともに日本の武力に屈し、琉球は日本の沖縄県となったのだ。 この辺りの経緯は勿論中国政府も知恣している。

だから尖閣諸島のみならず、沖縄本島をも中国へ返還させようと考えるのは、全く間違っているとは言えないであろう。

しかし、それは清国が余りにも脆弱な国に成り下がっていたために起きた事。 今から百年以上も前の事を蒸し返されても、それでは日本政府が困ってしまう。







次の投稿に続く






***沖縄・台湾中国領土であったこと、また自国の領土として統治した事は歴史上一度も
ありません。 「たいわん」という称もつけたのはオランダ人で。世界の常識です。
また外務省のHPにもありますが、中国政府自身が尖閣諸島は日本の領土だと認めてい
た公式文書もあるので注意お願いします。

【東京発信・Cool Eyes】第21回 歴史学者・宮脇淳子 台湾を語る
https://www.youtube.com/watch?v=J-MM1p7gPXw&t=376s









財閥(日本・世界)シリーズ のここまでのまとめ
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