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2021/3/6

トーマス・グラバー : グラバー商会の稼働開始〜マッケンジーの仕事を引き継ぐ〜  財閥(日本・世界)





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明治維新の大功労者 トーマス・グラバー フリーメーソンとしての活躍
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜初恋の人との別れ〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜フレーザーバラを離れる〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ 〜ギムナジウムへ入学〜 
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜海の向こうに何がある〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷との別れ〜内部の矛盾を抱える〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜 活気に満ちたアバディーン〜 
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜 ジャディ・マセソン商会〜 
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜船舶中買業に就職〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜不快な大都市上海〜
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トーマス・グラバー 生まれ故郷を後へ〜大平天国の乱〜
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ旅立〜マッケンジーの誘い〜 
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ旅立〜尊王攘夷、倒幕に揺れる日本〜
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ旅立〜尊王攘夷、朝廷に内緒で通商条約のサイン〜 
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ出立〜清潔で平和な町長崎〜
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ出立〜長崎商工会議所設立〜
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ出立〜謎の人物 ・小曾根英四朗〜 
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トーマス・グラバー グラバー長崎へ出立〜米国宣教師フルベッキ〜
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トーマス・グラバー 「世界の大きな謎」フリーメーソン〜関係本は五万冊に及ぶ〜
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トーマス・グラバー 「世界の大きな謎」 フリーメーソン〜慈善事業へ大貢献〜  
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トーマス・グラバー 「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜ユダヤ人、ユダヤ教の影響〜
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トーマス・グラバー「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜十字架の刑へ〜
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トーマス・グラバー「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜キリスト教の成立へ〜
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トーマス・グラバー「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜アメリカのユダヤ贔屓〜  
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トーマス・グラバー「世界の大きな謎」フリーメーソン 〜米国内で大活躍のユダヤ人〜
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トーマス・グラバー : グラバー、長崎での活躍〜茶の輸出を決心〜 
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トーマス・グラバー : グラバー、長崎での活躍〜茶の商人、大浦慶〜
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トーマス・グラバー : グラバー、長崎での活躍〜茶葉の再生工場を建設〜
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トーマス・グラバー : グラバー、長崎での活躍〜五代才助に会う〜 
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トーマス・グラバー : グラバー、長崎での活躍〜琉球王国の危うい歴史〜
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トーマス・グラバー : グラバー、長崎での活躍〜船舶を一隻受注〜
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トーマス・グラバー : グラバー、長崎での活躍〜横浜へ見学の旅〜
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トーマス・グラバー : グラバー、長崎での活躍〜井伊大老の暗殺〜
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トーマス・グラバー : グラバー商会の活動開始〜イングランド号、薩摩藩へ無事納入〜
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トーマス・グラバー : グラバー商会の活動開始〜長崎一の茶葉工場稼働開始〜
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からの続き









マッケンジーの仕事を引き継ぐ

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グラバーが長崎において一大茶葉工場建設を考えたのは、本来は茶の生産ではアジアのトップの地位にあるべき清国が、内乱と英国の強力な介入により、茶の生産供給が確保できなくなっていたからである。

清国の茶のピンチは、日本にとっては茶の海外シェアーを拡大できるチャンスでもある。
まず長崎のどこに茶の再製工場を設立すべきか。

その茶の再製とは、茶を海外に輸出するに当たり、途中でカビが発生しないよう梱包する前に再び火入れをして十分に乾燥させることである。

そこで久しぶりにおけいとオルトを中華料理に招待し、茶葉工場建設についてのアドバイスを求めた。

この席にはマッケンジーも同席していた。 長崎で茶葉工場を建設するのは良いとして、その際一番問題になるのは、大量に茶葉を確保できる茶葉商人がいるのかということ。

とりあえずはその商人を集めるために仕入れ金を彼らに前貸しして茶を集めてもらう。 この時おけいは

「私は他人様のお金を前借してまで茶葉を集めることはしません。 でも仕入れ金を貸して預けると聞けば、喜んで仲介人となって茶を都合してくれる人はいると思います」。

一八六一年(文久元年)、大浦慰留地の海岸通りには西洋館が次々と完成しはじめた。 木造二階建て、ベランダと暖炉。

二階のベランダからは長崎港、その対岸の立神町、飽の浦、水の浦地区などが良く見せる。 マッケンジー商会の西洋館も二月末に完成。

マッケンジーは梅香崎の仮泊地を引き払い西洋館の二階に移転した。 それまでに出島に住んでいたグラバーも西洋館へ移転した。

それからまもなく、マッケンジーは居留地の外国人を招いて事務所開きの立食パーティを開催した。

この頃、長崎在住の欧米人は八〇人余。 が、まだ社交クラブはない。 この夜、長崎イギリス領事のモリソンも顔をだしたが、若い商人達は

「われわれのビジネスは清国商人に比べてとても不利。 清国はわれわれよりも二十%も安い価格で輸入し、各所に楽々と販売している。これでは勝負にならない。 清国人達の特権をを厳しく規制してもらいたい」。 都のスピーチが相次いだ。

モリソンはいつの間にか宴席半ばで帰っていた。 嫌な領事がいなくなると、明るく、ざっくばらんな雰囲気になった。

この席上マッケンジーはアーノルド商会のフランシス・グルームをグラバーに紹介してくれた。

愚ルームは生粋のイングランド人らしく、いわゆる「ジェントルマン」であった。 地主階級で二十四歳。

シンガポールの東インド会社で一年余働き、会社が解散後香港へ行き、そこでアーノルドと知り合ってパートナーとなる。

千六百年に発足した東インド会社は、かって植民地貿易を独占、しかし、インドの施ポイの反乱の責任を問われ解散を命じられた。

愚ルームはロンドンへは帰らず、香港に赴いてアーノルド商会に参加、日本へ来る。 そしてマッケンジーとも面識を得る。

パーティーも終わりに近付いた頃、グラバーを訪ねて日本人の武士が来ているとのこと。
外へ出てみると薩摩の五代才助と肥前佐賀藩の中牟田金吾がきていた。

二人は丸山町の筑後屋で待っているかので「パーティーが終わりしだい顔を出してほしい」と言う。

グラバーは二人の待つ筑後屋まで出かけた。 五代が語った。「先日、薩摩藩が購入したイングランド号は国元でも、よか船、と大変評判が良かった。 ひいては、もう一隻蒸気船を購入したい」とのこと。

イングランド号を薩摩案が購入した折の長崎奉行所の「ややこしい取引」の事もあり、グラバーは蒸気船売買のことは頭からすっかり消し去り、茶葉工場の新設に気持ちを集中していた。

ところが再び蒸気船が欲しい、しかも同席していた中牟田金吾も、鋭い目をグラバーに向け、

「グラバーさん、実は肥前佐賀藩も蒸気船を求めています。 わが藩にも是非一隻お世話してもらいたい」という。

十数万ドルもする高価な蒸気船が相次いでまたも受注。 「落ち着け、落とグラバーは自分の心に幾度も言い聞かせた。

先ずは佐賀備前藩の支払い能力を確認する必要がある。 次にはJM商会上海店へ蒸気船を二隻も確保できるのかの確認が必要だ。

JM商会クラスの総合商社になると何十種類もの商品を一人でテキパキとさばききらなければならない。

しかしグラバーの性格はリリザベートという一人の女性にのめりこむのを見て分かるように、一つの商品が一段落しないと次へ進めないタイプであった。

グラバーの性格は総合商社向きではなく専門商社向きだったようである。グラバーは船舶の仕事はすでに完了し、茶葉の仕事のみに全神経を集中させようとしていた時だけに、高額な船舶の引き合いはむしろ有難迷惑な話であった。

そんな状態のグラバーの元へ更に気持ちを揺るがすような事態が惹起した、 四月初め、横浜のケズウィックが突然長崎の事務所へやってきたのだ。

ケズウィックは「いやー、マッケンジーさんに大あって事な話があってやってきたんだよ」、そう言って二階の部屋でケズウィックはマッケンジーと二時間余りも話し込んだ。

二人が話し終えて今度はグラバーが二階の部屋に呼ばれた。 ケズウィックの話とは次のようなものだった。

第一次アヘン戦争に勝利したイギリス、フランス、ロシアの列強国は、清国の首都北京で条約を結ぶことを強く要求、清国はこれを何とか回避しようとした。

しかし第二次アヘン戦争の結果、フタタ暮勝利した列強は一八六〇年(万延元年)。北京条約を締結させた。

同条約は、1、賠償金問題、2、天津開港、3、中国人労働者の海外渡航、4,九龍半島市街地半分の割譲などが定められた。




これにより、その手始めとして揚子江中流の漢口が開港された。 列強はこの漢口で商売を展開するべく、イギリス、フランス、アメリカの列強が先を競って漢口に進出し始めたそうだ。

まもなく上海と同様に漢口も租界が成立、大きな貿易港になることは間違いないと言う。そこでこの漢口ニJM商会も人を送り込むことにしたが、皆が一致して白羽の矢をたてたのが、ベテランのマッケンジーだった、という話であった。

マッケンジーはこの申し出を快く引き受け、近日中に漢口に旅立つことにした。 このためマッケンジーが従事していたJM商会の長崎代理店の仕事は、全てグラバーに引き継いでもらいたい、と言うのだ。

グラバーは以前漢口解放のことはマッケンジーから耳打ちされていたので、特に驚きはしなかった。

しかしマッケンジーは五十六歳のベテラン中のベテラン商社マン。 経験の少ないグラバーはたちまち船舶の注文が相次いだとは言え、

資金回収の事、未だ第一歩を踏み出していない茶葉工場建設のことが重なって、果たしてマッケンジーの後役を無事勤められるか少々不安ではあった。

その不安な心を吹き飛ばすようにグラバーはケズウィックに大口を叩いた。
「ケズウィックさん、マッケンジーの後釜は喜んで引き受けます。 が一言注文したいことがあります。 JM商会が安定した硬い取引をするのは良く分かります。

しかし余りにも硬い商売にこだわる余り、大きな取引を逃すケースが多々あります。今後は余り細かいことには口をはさまず、長崎支店サイドにまかしてもらいたいものです」。

「君の言いたいことは良く分かる。 しかしこれまでJM商会が伸びてきたのは手堅くやってきたからこそ成長したんだ。 大きな仕事も大事だが、何十万ドルという売り上げを受注しても利益が出なければ全く意味が無いんだよ。そこの所を良く理解してもらって、本社の意向も大切にして欲しい」

ケズウィックはグラバーに諭すように言葉をかけた。グラバーは内心「自分は長崎にきたばかりだと言うのに船舶を三隻も受注した。 これは自分という才能ある商社マンがいたからこそ出來田こと。JM商会はその才ある自分に何もかも任せておけばよいことだ」。

よほどそこまで言い切ってしまおうかと思ったが、これは胸の内にしまった。







次の投稿に続く














財閥(日本・世界)シリーズ のここまでのまとめ
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