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2021/5/23

傲慢になるワディル・キッチングス  国際政治・金融・企業








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ゴールドマンサックスとは
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2898.html

本Blogで、ゴールドマン・サックスのシリーズの情報の出所は、「Goldman Sachs」の著者である女性のリサ・エンドリック(Lisa Endlich)氏を中心に、収集したものです。
Lisa Endlich プロフィール
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MITでマネイジメントと都市計画の修士号を取得後、ゴールドマン・サックスに入社、外国為替部門のトレーダーとなり、VP(ヴァイスプレジデント)の肩書を得る。 退社後は夫と三人の子供とロサンゼルスに在住。

日本に関する記事は、主に国際ジャーナリスト堤未果氏の著作物を中心に取集したものです。 インターネトでデービッド・アトキンスを敵視する三橋貴明氏と藤井聡氏ですが、彼ら自身も言っていますが、彼女(堤未果)が先生と述べています。彼女の著作物・記事・情報がベースになっているケースが多く見られます。
堤未果 プロフィール
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東京生まれ、NY度立大学大学院国際関係論学科修士号。 国連、野村證券などを経て、米国の政治、経済、医療、教育、農政、公共政策、エネルギーなどをテーマに、現場取材と公文書による調査報道で活躍












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Marcus Goldman (December 9, 1821 – July 20, 1904)


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マーカス・ゴールドマン商店が入っていたビル
30 Pine street , New Yoork













傲慢になるワディル・キッチングス

ビジネスは機動力に富み、身軽でならなければならない。 不採算部門から素早く抜け出し、採算性の高い部門へと動かなければならない。

とキャッチングスは言います。 「事業を継続してゆくためには環境がどうあろうと、エンジン全開のフルスピード生産を続けていくべきである」景気循環論は終焉し、

アメリカの経済繁栄は終わる事のないもので、何も行く手を阻むことはできない。 と彼は信じていました。

しかし、ゴールドマン・サックスでの彼の人生を破壊したものは1920年代の好景気とそれに続く不況、つまり景気循環そのものでした。


キャッチングスの楽観的な考え方と自信は、周囲にも伝染しました。 ちなみに、何事も失敗の原因の本質は居んきょなき楽観、虚栄心と傲慢です。

受験、恋愛、結婚、就職、ビジネス、政治然り。1918年(大正7年、並木製作所(後のパイロットコーポレーション)設立、豊田紡織(現:トヨタ紡織)設立、 松下幸之助が大阪市に松下電気器具製作所(現:パナソニック)を設立ロシア・エカテリンブルクのイパチェフ館に監禁されていた元ロシア皇帝ニコライ2世とその家族5人、従者4人が銃殺(ロマノフ家の処刑)、日東電気工業株式会社(現:日東電工株式会社)創立、日東電気工業株式会社(現:日東電工株式会社)創立)、

ゴールドマン・サックスのパートナーは、休眠状態にある引受業務を再び活性化するために入社して欲しいと彼に要請しました。

1920年代、アメリカの産業は合併ブームに沸き、ゴールドマン・サックスはキャッチングスの広範な人脈のおかげで、この動きにうまく乗る事が出来ました。

この時期、キャッチングスの努力のおかげで世に出た会社は多くあります。 ゼネラル・フーズ、ナシャナル・デアリー・プロダクツ(後のクラフト社)などは、その一例です。

これらの会社は、その後何十年と同社の顧客となりました。 キャッチングスはトレーディング業務に特別な関心を示しました。

彼はいくつもトレーディングの口座を作り、シニア・パートナーのオフィスに株価ボードを備え付けました。


彼の在籍中、ゴールドマン・サックスの海外取引は活発になり、ヨーロッパ直通の電話を持たない障害をものともせず、積極的に外国為替の取引や裁定取引を行いました。

もっとも大きく成功したのは、ドイツでした。


ギャランティ・トラスト(現在はJPモルガンの一部)やナショナル・シティ・バンク(現在のシティバンク)などは大きな資本を動かせるため有利な立場にありましたが、

ドイツに関してはライバル会社に負けないだけのトレーディングをこなしているとパートナーは自負していました。


第一次世界大戦とモルガン財閥 
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2682.html


キャッチングスが自分の成功に慢心し始めると、他のパートナーとの関係はぎくしゃくしてゆきました。

彼は社内で自分の地位と持ち分比率についてパートナーと言い争いを始めます。 ウォルター・サックスは「彼(キャッチングス)は成功するにつれ、しだいに気難しく、

傲慢になっていった。 そして冷酷に、会社にありとあらゆる要求をするようになった」と言います。

ウォルター・サックスは兄のアーサー・サックスとの対立上、キャッチングスの要求の多くを受け入れ、パートナーシップの持ち分比率を増やす要求をのみました。

1928年(昭和3年、 モスクワで、ソヴィエト連邦秘密警察が、レフ・トロツキーを逮捕、 赤旗創刊、コミンテルン、「日本問題に関する決議」いわゆる28年テーゼ(「マルクス主義」) 第16回衆議院議員総選挙(最初の普通選挙)、 キリンレモンの販売が開始、上智大学、大学令により設立認可、)には

キャッチングスはゴールドマン・サックスで最大の持ち分を持つに至り、彼をコントロールするのはいよいよ困難になりました。

















ゴールドマン・サックス ここまでのまとめ
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