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2006/8/25

割礼  新約聖書
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■ キリストの割礼
ジェノバのサン・タンブロジオ教会の 主祭壇画
Pieter Paul Rubens(ペーテル・パウル・ルーベンス)作



旧約聖書(ヨシュア記第5章1節−12節)

ヨルダン川の西側にいるアモリ人の王たちと、沿岸地方にいるカナン人の王たちは皆、主がイスラエルの人々のためにヨルダン川の水を涸らして、彼らを渡らせたと聞いて、心が挫け、もはやイスラエルの人々に立ち向かおうとする者はいなかった。

そのとき、主はヨシュアに、火打ち石の刃物を作り、もう一度イスラエルの人々に割礼を施せ、とお命じになった。

ヨシュアは、自ら火打ち石の刃物を作り、ギブアト・アラロトでイスラエルの人々に割礼を施した。

ヨシュアが割礼を施した理由はこうである。  すなわちエジプトを出て来たすべての民、戦士である成人男子は皆、エジプトを出た後、途中の荒れ野で死んだ。   出て来た民は皆、割礼を受けていたが、エジプトを出た後、途中の荒れ野で生まれた者は一人も割礼を受けていなかったからである。

イスラエルの人々は荒れ野を四十年さまよい歩き、その間にエジプトを出て来た民、戦士たちはすべて死に絶えた。  彼らが主の御声に聞き従わなかったため、我々に与えると先祖たちにお誓いになった土地、すなわち乳と蜜の流れる土地を、彼らには見せない、と主は誓われたのである。

ヨシュアが割礼を施したのは、神がその代わりにお立てになった彼らの息子たちであって、途中で割礼を受ける折がなく、無割礼だったからである。

民は全員割礼を受けた後、その傷がいえるまで、宿営内の自分の場所にとどまった。

主はヨシュアに言われた。

「今日、わたしはあなたたちから、エジプトでの恥辱を取り除いた(ガラ)。」 

そのために、その場所の名はギルガルと呼ばれ、今日に至っている。

イスラエルの人々はギルガルに宿営していたが、その月の十四日の夕刻、エリコの平野で過越祭を祝った。

過越祭の翌日、その日のうちに彼らは土地の産物を、酵母を入れないパンや炒り麦にして食べた。  彼らが土地の産物を食べ始めたその日以来、マナは絶え、イスラエルの人々に、もはやマナはなくなった。  彼らは、その年にカナンの土地で取れた収穫物を食べた。

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