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2005/7/3

映画産業-5 カサブランカ  映画・音楽・アニメ

映画 「 カサブランカ 」


カサブランカは、1942年に、監督マイケル・カーティス、主演ハンフリー・ボガート、イングリッド・バーグマン、ポール・ヘンリードの、今日も根強い人気を持つ、不朽の名作として知られる映画です。

第1次世界大戦でヨーロッパの映画産業は大きな打撃を受け、ハリウッドにその座を奪われてしまいましたが、ヨーロッパ本土が戦場となった第2次世界大戦でも、多くの著名な映画作家達が、アメリカに渡りました。 有名なところでは、フリッツ・ラング、マックス・オフルス、エルンスト・ルビッチ(ドイツ)、ジャン・ルノワール、ルネ・クレール(フランス)等がいます。 折りしも、1930年頃に始まったトーキーと呼ばれる、映像だけではなく、台詞や音楽等の音声を加えた映画がつくられるようになります。 

こうして、表現力豊かな高度な映画が出来るようになり、アメリカ映画は質・量共に映画界の頂点に立ち、1930年代〜1940年代は、「ハリウッド全盛期」、「アメリカ映画黄金時代」と呼ばれるようになりました。

この名作映画の「カサブランカ」もその頃つくられた映画でありますが、単なる戦争や人間ドラマを描いた物ではなく、実話やヨーロッパの歴史や政治が至るところに散りばめられた非常に奥深い映画です。

特に、イングリッドバーグマン(映画ではイルザ)の夫役であるポール・ヘンリード(映画ではラズロ)は、今日のEUの提唱者であるリヒャルト・栄次郎・クーデンホーフ・カレルギー伯爵をモデルにしており、容姿も似た俳優のポール・ヘンリードが採用されました。 

このリヒャルト伯爵の母親が、オーストリア・ハンガリー帝国の外交官、クーデンホーフ・カレルギー伯爵に嫁いだ日本人女性、青山光子(1874-1941)です。 パリのゲラン社が1921年に初めて発売した香水「ミツコ」は、当時の社交界の華だった光子伯爵夫人をイメージしたものと言われています。 



映画カサブランカは、フランス領モロッコの都市カサブランカを舞台にしたものです。 当時カサブランカは、ヨーロッパからアメリカに避難する人々の中継基地となっていて、この町でリック(ハンフリーボガード)が経営する酒場は亡命者の溜まり場となっていました。 そこに反ナチの首謀者ラズロ(ポール・ヘンリード)とイルザ(イングリッド・バーグマン)が現れますが、イルザは昔リックと結婚を誓い合った女性でした。 

再会した2人の思い出の曲「時の過ぎ行くままに」をリックの店で聞きながら語らっているのが上記の写真です。 

ナチに追われているラズロを助けるために、イルザはリックにお願いし、リックは、2人のために飛行機のチケットを準備してやり、彼らはアメリカに亡命する事ができました。 また、リックの店では、ドイツ軍士官達が酒場におしかけ、「ラインの守り」を大声で歌い始め気勢を上げますが、ナチスドイツから逃れる為の亡命者達が集まる客の間から、フランス国家「ラ・マルセイエーズ」の歌声が湧き起こり、最後には「ラインの守り」を圧倒してしまうシーンもあります。

この、アメリカに亡命したラズロ(ポール・ヘンリード)は、光子の次男のリヒャルト・ク−デンホーフ(1894-1972)をモデルにしたものと前述しましたが、彼は第1次世界大戦の惨状を見て、このようにヨーロッパ人同士が互いに争っていては、やがてヨーロッパは没落してしまうとして、ヨーロッパを立て直すには、ヨーロッパの全ての国が合体して、一つの国になるべきだという「パン・ヨーロッパ思想」を打ちたて、「パン・ヨーロッパ連盟」を設立し、雑誌「パン・ヨーロッパ」も創刊しました。

彼の思想は、フランス外相アリティート・ブリアンやドイツ外相グシュタフ・シュトレーゼマンらの共感を呼び、具体的な条約作成への動きがありましたが、第2次世界大戦が勃発し、頓挫してしまいました。 

その後、「パン・ヨーロッパ連盟」はナチスに急襲され、彼とその妻はスイス政府の協力で国外脱出し、アメリカに渡りました。 これが、映画でのアメリカ亡命と重なっています。 リヒャルトは、アメリカでもこの思想を唱え続け、第2次大戦が終わった後、イギリスのチャーチル首相らの活動により、1958年1月1日欧州経済機構(EEC)の成立となり実を結ぶ事になりました。 EECは1976年7月1日にさらに統合が進みECとなり、現在のEUの前身となっています。

また、ドイツ人にとってライン河は「父なるライン」と呼び、心の故郷と考えられているようです。 フランスのナポレオンによりドイツは蹂躙され、ラインを奪われてしまいますが、ライン河を取り戻した後、ライン・ロマンティシズムもあいまった愛国心が高まり、ナポレオンの遺骨が1840年にセント・ヘレナ島からパリに帰ると、ボン生まれの詩人ニコラス・ベッカーはフランスの復讐心に警戒を示し、「ラインの歌」を新聞に発表し、反響を呼ぶことになりました。

第2次世界大戦でもなお、ドイツ軍兵士が歌っていた軍歌「ラインの守り」が生まれたのもこの頃で、1840年マックス・シュネッケルンガーという無名の詩人が作った愛国詩に、カール・ヴィルヘルムが作曲した物です。  

一方、フランス国歌の「ラ・マルセイエーズ」は、ルイ16世がオーストリアに宣戦布告した1792年に作られたもので、タイトルは「ライン軍のための軍歌」で、その後、テュイルリー宮襲撃の際、パリ入城を果たしたマルセイユ義勇軍によって歌われたのをきっかけとして、現在の「ラ・マルセイエーズ」という名前になり、1795年に国歌となったものです。

映画カサブランカでは、わずか数分の1シーンですが、「ラインの守り」と「ラ・マルセイエーズ」の攻防は、このようなフランスとドイツの歴史・確執、またライン河への思いなどが凝縮されています。 

また、少しキザながらも人情味あふれるハンフリー・ボガードの名演技や、4ケ国語を堪能に話し、静かながらも情熱的な、美人女優イングリッド・バーグマンの名演技も、この映画を素晴らしい物にしてくれている事は言うまでもありません。 






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