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2006/10/31

宮潔め祭 (ハヌカー)  旧約聖書
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■ ハヌキアと呼ばれる特別なメノラー(燭台)

ユダヤの文化関連でよく見る燭台ですが、ローソクの数は9本であり、1週間の7本ではありません。  そのうちの一つを 「 シャマシュ 」 と呼び、ほかのろうそくに火をともすための種火として用い、この種火から、ハヌカーの第1日には1本目、第2日には2本目と、日ごとにろうそくがともされ、これが8日間にわたって続きます。

イスラエルでは、マカベア一族の出身地であるモディンからエルサレムまでの道のりを、若者たちが聖火をともしたたいまつを携えて走り、運ばれた火は、旧市街の嘆きの壁前に設置された巨大ハヌキヤヘと点火されます。


BC198年に、シリアのアンティオコス3世が、パネアスの戦いにおいて、宿敵プトレマイオス5世を破り、パレスチナはシリアの 「 セレウコス王朝 」 の支配下におかれました。  

アンティオコス3世は、親ユダヤ的でありましたが、次のアンティオコス4世はユダヤ人にとって、最悪の時代でした。  BC168年にアンティオコス4世はエジプト遠征に失敗し、その戦費をまかなう為に、シリアの帰り道にあるエルサレムを大軍を率いて攻撃、多くのユダヤ人を殺し、エルサレム神殿に押し入り、略奪を行いました。

彼はヘレニズム推進派であった為、その翌年徹底的にユダヤ教を弾圧し、ユダヤの経典を焼き払ったり、神殿におけるいけにえの禁止、安息日や祭日、割礼の禁止、ゼウス神のための祭壇や神殿の建造を行い、イスラエルの歴史のなかで最大の宗教迫害を行いました。

当然、ユダヤ側もこのまま黙っている筈がなく、モディンという小さな村から反乱は起こり、BC167年にはユダ・マカベアが指揮権を引き継ぎ、3年間にわたる激しい戦いの後、ゲリラ戦によって敵を倒し(マカベア戦争)、エルサレムを奪還し、神殿を清めました。

このユダヤ人の勝利と、エルサレム神殿を清めた事を祝った祭日がハヌカーですが、旧約聖書には書かれておらず、外典にあります。  これは、旧約聖書の正典化が終わったのちの出来事だったからです。

神殿がユダヤ人の手に戻ったその日、メノラーと呼ばれる燭台のために用意されていた聖なる油は、1日分しか残されていませんでした。  しかし、そのわずかな油が、なんと8日間にもわたって燃え続けた事から、ハヌカーは 「 献堂祭 」 のほか、「 光の祭り 」とも呼ばれています。  マカベア家による反乱以来、ユダヤ人たちはこの奇跡を記念して、8日間にわたってロウソクを灯し、この祭りを祝ってきました。

イスラエル人(ユダヤ人)のシリアに対する感情は、このマカベア戦争を知っておく必要があります。 この戦いでの勝利、またエルサレム宮殿を異教徒の穢れから潔めることが出来たとし、今日でもキスレヴ月(11月〜12月)の25日から、テヴェットの月(12月〜1月)の2日まで、この燭台にロウソクを灯し、忘れないよう祝っているのです。
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