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2007/2/17

第一次ユダヤ戦争   新約聖書

ネロ皇帝の時代、紀元66年にユダヤ社会全体が古代ローマ帝国に対して宣戦を布告しました。  これが 「第一次ユダヤ戦争」 であります。  



この戦争によって、ユダヤの牙城であったエルサレムは陥落し、紀元70年にソロモン第二神殿は完全に破壊されてしまいます。

それでも、激しく抵抗するユダヤ人たちは、ヘロデ王がつくたマサダ要塞にたてこもりますが、紀元74年の春、ローマの司令官フラウィウス・シルウァがマサダ要塞を陥落させ、

この要塞に立てこもっていた960人のユダヤ人は、2人の女性と5人の子供を残し、全員が集団自殺して果てるという壮絶な幕切れで、第一次ユダヤ戦争は終結しました。

この時、ネロ皇帝は、紀元68年に元老院から国家の敵として宣告を受け、既に自殺しています。

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当時、多神教文化であった地中海地域の中で、ユダヤは強い民族意識をもった一神教をもっており、支配されていたユダヤ人はローマ帝国への反感を持っていました。

逆に、ローマ帝国の立場からすると、ローマの神々や皇帝に対して礼拝しないユダヤ人たちは帝国に反逆するものとして、強い不満を持っていました。

皇帝ネロによるキリスト教徒の大迫害の後、パレスチナ地方の雲行きが怪しくなってきます。  

ローマ帝国から派遣された役人たちが、私服を肥やし市民の反感を買っていたところに、
カイサリアにおけるユダヤ人の殺害、また当時の総督フロルスがエルサレム神殿の宝物を持ち出してしまい、

これをきっかけに、エルサレムでユダヤ人による暴動が起こり、第一次ユダヤ戦争は勃発したのです。

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