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2007/2/24

キリスト教の公認  新約聖書
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■ ラバルム(Labarum)

これは、コンスタンティヌス1世により制定されたローマ帝国正規軍の紋章です。

ギリシア語でキリストを Χριστος と書きますが、この最初の2文字XとPを重ね合わせたもので、イエスキリストの象徴であります。


キリスト教徒にとって、紀元312年に歴史的な転機が訪れました。 

宿敵マクセンティウスとの決戦に臨むために、ガリア地方(北イタリア以北の西ヨーロッパ)で準備していたコンスタンティヌスは、天空に輝く十字架と 「汝これにて勝て」 という文字の幻を見ます。

そして、軍旗に斜め十字架XPの印を付けてローマに進軍し、ミルヴィウス橋の戦いで大勝利を収める事ができました。

勝利を収めたコンスタンティヌスは、翌紀元313年にミラノで勅令を出して、キリスト教を公認し、ラテラノの聖ヨハネ大聖堂、使徒ペトロの墓の上にサンピエトロ大聖堂を、そして使徒パウロの墓の上にサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂を建設しました。

また、紀元330年には、ローマ帝国の都をビザンチンに移し、コンスタンティノポリスと改名しました。 これが、後にコンスタンティノーブルと呼ばれ、現在ではイスタンブールの名で知られる都です。

遷都の目的は、ローマの大敵であるササン朝ペルシアやゲルマン人の侵攻に備えるためというものでしたが、本当はローマ内での内紛や過去のキリスト教徒迫害などの、しがらみから抜け出すためだったと言われています。

ローマでは、無抵抗で迫害されるキリスト教徒たちに対しての同情が起こり、ローマ市民や奴隷たちは帝国に対して不信感を持ち反発し、

男女平等、一夫一婦制を説くキリスト教を、ローマの女性たちは全員支持しており、もはや斜陽のローマ帝国は、キリスト教徒たちを敵に回しては帝国を治めることが出来なくなっていました。

既に、ローマ帝国はキリスト教に飲み込まれていたのです。

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2007/2/25  10:39

投稿者:ポスト
日本では縄文時代なのですね!本当に驚きです。

http://diary.jp.aol.com/4kvbum2pdv/

2007/2/24  23:11

投稿者:Renaissancejapan
旧約聖書は、とても人間くさくて、また映画のようなスペクタルなので、私は大好きです。 しかし、日本の縄文時代にすでにこのような本があったとは、さすが地中海文明です。

2007/2/24  18:13

投稿者:ポスト
こんにちは、俗悪な私ですがこのブログに刺激され
旧約聖書を読み続け、先日ようやく読み終わりました。新約聖書は高校時代に読んでいるので「万歳!」というところです。旧約聖書は後半になればなるほど文学的になり、当時のエルサレムの都市文化の豊饒さを感じます。エルサレム文化とはあまり
言われませんが、きっとひじょうに教養を尊ぶ街の雰囲気があったのだろうと思いました。

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