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2007/9/28

錬金術とイスラム  国際政治・金融・企業
日系メディアに、錬金術はイスラム社会がヨーロッパに教えたと言う記述がよく見られますが、大嘘です。  

錬金術のルーツはエジプトで、学問として発展していったのは、当時ローマ帝国支配下のアレキサンドリアで、錬金術を記載した「ヘルメス文書」がBC100〜200年頃に書かれ、さらにこの写本がAD3世紀頃に書かれました。

そして、AD6世紀頃になるとアレキサンドリアから東ローマ帝国に様々な知識が流入し、錬金術も伝えられました。  そしてAC7世紀にムハンマド(マホメット)指導の下、アラブ民族が統合し、領土拡大に向かい、エジプトなどに侵攻したときに、イスラム社会に錬金術はもたらされました。

地中海沿岸を武力支配したイスラムは、ペルシア・ギリシア・エジプトなどの高い文明を手にし、アラビアの錬金術師たちは伝わる錬金術はじめ、様々な学問を辛抱強くアラビア語に書き写しました。  その一部を、中世ヨーロッパの人達が、今度はラテン語に書き写したのです。

まさに物は言いようで、一部分だけ捉えればイスラムがヨーロッパに錬金術を教えたとなるのですが、その前はヨーロッパからイスラムに伝えられたものなのです。 さらに言うならエジプトから伝えられたものです。



古代エジプトではBC4000年頃から製鉄の技術があり、その冶金技術が錬金術の基礎となりました。  そして、BC1000年頃には、既に錬金術の思想や技術は存在していました。

その後ギリシアやアレキサンドリアで錬金術の研究が盛んになり、BC100〜200年頃に錬金術を記述した「ヘルメス文書」が作成され、この文書の写しがAC3世紀頃につくられた「ライデンパピルス」で現在は、カイロ博物館に保管されています。  アレキサンドリアこそが、西洋錬金術の発祥の地であります。 

ヘルメス(ヘルメス・トリスメギトス)は、エジプトがギリシア文化に取り入られた時代に、アレキサンドリア派の中から生まれた伝説上の人物であり、錬金術の守護神であります。

AD6世紀頃になると、エジプトの大都市アレキサンドリアからビザンチン帝国(東ローマ帝国)に様々な知識が流入するようになり、錬金術も伝えられました。

AD7世紀になると、イスラム教の創始者ムハンマド(マホメット)が生まれ、彼の指導の下でアラブ民族は統合され、イスラム勢力は聖戦で領土拡大してゆきます。 

イスラム軍がエジプト侵攻したとき、錬金術は初めてイスラムにもたらされたのです。

ペルシア・ギリシア・エジプト・イベリア半島など地中海沿岸を武力支配したイスラムは、高度な学問を手に入れることができるようになりました。  そしてアラビアの学者や錬金術師たちは辛抱強く、彼らの学問や錬金術をアラビア語に書き写し、後世に残しました。

ヨーロッパではキリスト教勢力が拡大し、キリスト教の教義にあわないものは片っ端から破壊され、ヨーロッパは暗黒の時代を迎えます。  

錬金術もキリスト教の教義に合わないものであったため、ヨーロッパでの錬金術は停滞期となりましたが、1142年にチェスターのロバートが 「錬金術の後世についての書」をアラビア語からラテン語に翻訳してから、中世ヨーロッパで錬金術は盛んになってゆきました。

中世ヨーロッパでは、学問全体が修道院の中に閉じ込められていたので、錬金術は聖職者階級の特権となってゆきました。

怪しげな雰囲気の中で、確固たる理論も無いままに魔術的に研究されていた錬金術は、近代ヨーロッパにおいて原子レベルにまで遡り、理論化された化学という学問に変化してゆきました。

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