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2007/10/8

ユダヤ教徒のメシア待望思想  国際政治・金融・企業
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エルサレム宮殿 黄金の門


この黄金の門は、イエスキリストがロバに乗り、メシアとして神殿入りしたときに通った門であり、ユダヤ教徒が、将来 「ソロモン第三神殿」 が再建され、彼らのメシアがオリブ山に降臨し、神殿に入場する際に通ると、信じられている門であります。  

イスラム教徒はそれを阻むために封印し、今も 「開かずの門」 として閉じられたままになっています。

イエスのエルサレム入場
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/428.html

メシア待望は、キリスト教徒やイスラム教徒たちだけではなく、ユダヤ教徒も同じです。

敬虔なユダヤ教徒が2000年間待ち望んでいる悲願は、 「ソロモン第三神殿」 の建設、「失われた十支族」との統合、 「メシア(救世主)」 の到来であります。

ソロモンの第三神殿の建設は、必ずモリヤ山でなければならず、メシアが降臨する前には、世界中のユダヤ人がイスラエルに戻ってこなければなりません。

旧約聖書の創世記には、神はアブラハムに試練を与え、彼の信仰を試したことが書かれていますが、

その試練とは、「アブラハムが年老いてやっと授かった初めての子(独り子)、イサクを連れてモリヤ山に行き、そこに作った祭壇で、イサクを火にかけ、焼き尽くしてしまう生贄として捧げよ」 というもので、

モリヤ山は、その舞台となったところです。


アブラハムの献児
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/210.html


このユダヤ教徒、キリスト教徒にとって 「聖なる地」 は、イスラムに制圧され、アブラハムがイサクを生贄としてささげようとした 「聖なる岩」 を取り囲むように、 「岩のドーム」 が建設されました。

イスラム教の聖典コーランによれば、イスラム教の教祖ムハンマドが一夜のうちに昇天する旅を経験された場所で、メディナの預言者のモスクに住していた時代に、神の意志によりメッカのカアバ神殿から一夜のうちに 「遠隔の礼拝堂」 すなわちエルサレム神殿までの旅をしたと記述されており、

伝承によると、このときムハンマドは大天使ジブリール(ガブリエル)に伴われエルサレムの神殿上の岩から天馬ブラークに乗って昇天し、神アッラーフの御前に至ったとされています。

この伝承は、ムハンマドの死後から早い時期にはすでにイスラム教徒の間では事実とみなされており、神殿の丘におけるムハンマドが昇天したとされる場所にはウマイヤ朝の時代に岩のドームが築かれ、丘の上には 「遠隔の礼拝堂」 を記念するアル・アクサモスク(銀のドーム)が建設され、聖地のひとつと見なされています。


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かってのエレサレム神殿内にある 岩のドーム


当然ですが、ユダヤ教徒やキリスト教徒はこれを良く思ってはなく、岩のドームを現在の場所から取り除いた上で、その場にエルサレム神殿を再建しようとする運動もあります。

モリヤ山に建つソロモンの神殿は、歴史的にはソロモン王が紀元前10世紀に建設した神殿(第一神殿)が最初で、バビロンの捕囚からの解放後、紀元前515年にゼルバベル王の指揮でほぼ同じ場所に再建された神殿(第二神殿)、さらに紀元前20年、ヘロデ王によって完全改築に近い形で大拡張された神殿(ヘロデ神殿)があります。

しかしながら、この神殿はローマ帝国との戦争においてユダヤ人が立てこもったため、紀元70年のローマ帝国軍による攻撃によって破壊され、現在 「嘆きの壁」と呼ばれる部分のみが遺構として残っています。


嘆きの壁
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/464.html


現在、神殿の丘はイスラエル領土内にありますが、管理はイスラム教指導者により行なわれている為、ユダヤ人とキリスト教徒は神殿の丘で宗教的な儀式を行う事を禁止されているので、ユダヤ・キリスト教徒は何とかして取り戻し、ソロモンの第三神殿を建設したいと望んでいます。

「失われた十支族」 とは、ダビデ王の時代に、統一イスラエル王国として12部族が一つに統合されましたが、

ソロモン王の死後、南北に分裂し、サマリヤを首都に10部族による北王国イスラエルと、エルサレムを首都にする2部族による南王国ユダに分かれ、紀元722年に北イスラエル王国がアッシリアに滅ぼされ、追放された10部族のことです。  

突如、歴史から姿を消した、この十支族をイスラエル政府やユダヤ教徒は今も探していますが、日本とユダヤの習慣が良く似ていることや、天皇家の家系図と古代イスラエル王家の家系図がそっくりなことから、この十支族は日本にたどり着いて来ていたという説が、ユダヤ人によって唱えられています。


天皇家とエフラエム族
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/262.html

秦氏・日本とユダヤ文化
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/267.html

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