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2008/2/9

フリーメーソン-47  唐人お吉  フリーメーソン
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斉藤きち(1841-1891)


筋金入りのフリーメーソンのペリー提督の黒船襲来後、初代駐日公使タウンゼント・ハリスと井伊直弼により1858年7月29日に日米修好通商条約が締結され、この条約締結を機に、尊皇攘夷が起こり、日本は明治維新へと突き進むことになりますが、

ここに時代に翻弄され、悲しい運命を辿った一人の日本人女性がいました。



17世紀後半にイギリスで興り、18世紀にはヨーロッパの主流となった啓蒙思想は、フリーメーソンを産み落とし、フランス革命や、アメリカ建国にも大きな影響を与えました。

江戸末期の欧米は、フリーメーソンの 「自由」、「平等」、「博愛」、「理性」、「科学技術」
をキーワードとした近代国家に発展していたのに対し、日本は長い徳川支配の下、まだ近代思想を持つに至っていなかった時代でありました。


時は幕末の混乱期の1858年、ハリスは玉泉寺の領事館で、精力的に日米外交を行っている中、慣れない異国暮らしで体調を崩し、床に臥せってしまいました。  

困った通訳のヘンリー・ヒュースケンが、ハリスの世話をする日本人看護婦の斡旋を、地元の役人に依頼しますが、当時の日本人には看護婦というものの概念がよく分からず、下田一の人気芸者であったお吉が候補にあがります。

当時の日本人は、異国人である欧米人に慣れておらず、お吉は断りましたが、役人の執拗な説得に折れ、ハリスの世話をすることになりました。

当初は、お吉に同情していた下田の人々でしたが、高額の報酬を手にし、羽振りの良くなっていくお吉に対し、また彼女の美貌への嫉妬から、お吉は「ラシャメン(洋妾)」と呼ばれ辛い人生を歩む事となってしまい、

そして、「唐人」という相も変わらぬ執拗な世間の罵声と嘲笑をあびながら、明治24年3月27日の豪雨の夜、遂に稲生川へ身を投げ、自殺。

下田の人々は死後もお吉に冷たく、斎藤家の菩提寺は埋葬を拒否し、哀れに思った下田宝福寺の住職が境内の一角に、お吉を葬ってくれました。

時代に翻弄され、あまりに悲しい運命を辿った、江戸末期の一人の日本女性のお話でした。



宝福寺HP
http://www.i-younet.ne.jp/%7Ehofukuji/index.htm


額田王
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