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2008/2/15

フリーメーソン-51  大浦天主堂  フリーメーソン
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大浦天主堂

坂本龍馬が貿易商社の亀山社中を設立したのが1865年、そしてそれを海援隊と改名したのが1867年ですが、同じ時期の1865年、長崎に美しいローマ・カトリック教会堂の大浦天主堂が建立されました。

天主堂とは、カトリックの聖堂を中国風に呼んだもので、異国風の建物に長崎の市民たちは目を奪われたとされています。



天主堂の右側小祭壇に聖母子像が安置されており、サンタ・マリアは浦上のキリシタンたちが300年の昔から、ひそかに崇敬しつづけてきたものでありましたが、イザベリナゆりと称する婦人と、浦上の数人の男女が大浦天主堂を訪れ、神父に聖母子像の前に案内されましたが、

彼女らは、1614年1月(慶応18年)のキリスト教大禁教令から7世代251年に渡り、厳しい迫害に耐え抜き、潜伏を続けた、日本のキリシタンであったのです。 こうして、長崎県内だけでの数万人のキリシタンがいる事がわかり、キリシタン教会は復活することになりました。

これは他国にその例を見ない出来事として、世界宗教史の上で注目されているそうです。


しかしながら、第二次世界大戦では、大浦天主堂を狙ったかのようにすぐ近くに、アメリカ軍によって原爆は投下され、天主堂はほぼ原形を留めぬまでに破壊されました。

また、原爆投下時間に礼拝が行われていたため、中にいた神父を始めとする礼拝者の全員が死亡しています。  

第二次世界大戦は、カトリックvsプロテスタント、ユダヤ、フリーメーソン連合の戦いであったという側面もありますが、原爆投下を決定したのはフリーメーソンのルーズベルト大統領で、投下したのはフリーメーソンのトルーマン大統領であります。




フリーメーソン-32  近代日本とフリーメーソン
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