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2008/3/12

フリーメーソン-68  日清戦争  フリーメーソン
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連合艦隊旗艦松島

1894年(明治27年)、朝鮮で重い税に苦しんでいた農民が、東学という宗教のもとに集まり、反乱を起こしました。 朝鮮政府は清にすくいを求め、清の軍隊が出動、日本政府は東学党をたすけようとし、兵を出しました。  こうして農民の反乱をきっかけとして、1894年8月1日に宣戦布告がされ、日清戦争が勃発しました。



日本は開戦に備え、イギリスの支持を得ようと条約の改正を行い、1894年7月16日に「日英航海通商条約」の調印に成功しています。

この直後から日本政府は開戦に向けての作戦行動を開始し、7月25日豊島沖の海戦で、実質な日清戦争が始まりましたが、宣戦布告は8月1日であります。


結果は、日本の圧勝に終わり、1895年4月17日に下関で講和条約が結ばれました。 その条約の内容は、以下の通り。

1) 清は朝鮮国が独立国であることを認めること
2)遼東半島、台湾、澎湖島を日本の領土として、日本に渡すこと
3) 清は賠償金2億両(約3億円)を金で支払うこと
4)欧米の国々が清におしつけていたような不平等条約を、日本と清の間にも結び、清と  自由に貿易させること 


この下関条約で、朝鮮は初めて独立国家として、国際的に認められたのであります。


ところが、遼東半島が日本領になるのを不満とするロシアは、フランスとドイツを誘って日本に遼東半島を手放すよう要求してきました。 これを三国干渉といいますが、日本には三つの国を相手に戦争する力はなかったので、3000万両のお金をもらって、遼東半島を手放すことになりました。

この屈辱で、日本はロシアに恨みを持ち、三国干渉をはね返すために軍事力を強化し、「臥薪嘗胆」 という中国の言葉を流行らせ、日露戦争に突き進んでゆくことになります。


一方、日清戦争で清からもらったお金は合わせて、3億6460万円という大金で、日本が戦争に使った費用が2億2500万円なので、さしひき1億4000万円のお金が残り、日本にとってこの戦争は大きな儲けとなり、

このお金を元に、日本で産業革命が進むこととなり、経済発展の土台を築く事となり、資本家たちは政府と癒着し、軍需産業に傾倒してゆき、これが日本のアジア侵略につながってゆくのです。

下関条約で得た台湾の最大の産業である 「精糖業」 は三井物産が独占的に経営することになりました。


フリーメーソン-67  朝鮮開国
http://diary.jp.aol.com/renaissancejapan/659.html

フリーメーソン-66  台湾出兵
http://diary.jp.aol.com/renaissancejapan/658.html

フリーメーソン-65  伊藤博文とアジア侵略
http://diary.jp.aol.com/renaissancejapan/657.html






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