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2008/4/24

フリーメーソン-89  蒋介石  フリーメーソン
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蒋介石(1887-1975)  中華民国初代総統

蒋介石は、1887年に現在の中華人民共和国の浙江省奉化県で、塩商人の蒋肇聰と王采玉の間に生まれ、成人後は日本の陸軍士官学校へ留学し、当時は中村という日本名を名乗りました。  日本の陸軍士官学校で軍事教育を受け、日本に亡命した際には、日本政財界による支援で清朝打倒に奔走するなど、日本との関係を深く持っていましたが、後に中国共産党と合作して、日中戦争から終戦までは日本軍と戦いました。 日中戦争当時の自身の日記では、日本を「倭」と表記し終始蔑んでいたそうです。 その後辛亥革命に関わったことで孫文からの信頼を得て、後に中華民国の主席となりました。

蒋介石は、パコダ結社のフリーメーソン、妻の宋美齢はアメリカ系フリーメイソンのイースタン・スター結社の会員であります。




フリーメーソンが中国に進出した最初は、アヘン戦争後に勝利したイギリスが1842年に香港を植民地とした2年後の1844年に、イングランド系フリーメーソンである「ロイヤル・サセックス結社」第501号が香港に開設されたのが始まりです。

これが中国で最初にできた、フリーメーソンのロッジで、続いて1846年に同じイングランド系の「ゼッドランド結社」が開設され、 「ロイヤル・サセックス結社」 は間もなく広州に移り、1863年には上海に進出しています。

当時、先に上海には「ノーザン・ロッジ・オブ・チャイナ結社」も進出していましたが、「ロイヤル・サセックス結社」が中国大陸進出の最大拠点と成りました。 その後、天京(南京)を占領していた洪秀全を首領とする「太平天国」軍が、上海を攻撃しようとした動きがありましたが、これに対抗し 「太平天国の乱」は常勝将軍のフリーメーソンであるゴルドンによって鎮圧されました。 

これを機に、上海にはフリーメーソン組織が激増しています。

スコットランド系の「コスモポリタン結社」、イングランド系の「タスカン結社」、
アメリカ系の「エンシェント・ランドマーク結社」等が設立され、漢口・鎮江・天津・芝罘・九江・青島等でも結成されていきました。

1901年に開設されたイングランド系の「デンドリー結社」は面白く、英国東洋艦隊内フリーメーソン会員による「移動結社」であります。


第一次世界大戦までは、フリーメーソンの勢力図は、イギリス系が強く、中国を南北に2分していました。


華北・華中・満州は、上海・天津・北京を中心とした「イングランド系北支地区大結社」が担当し、上海に本部を構えましたが、麻薬王として有名な上海のサッスーン財閥を創設したD・E・サッスーンがフリーメーソン首脳の一人であります。

サッスーンは、ゾロアスター教のペルシア人で、インドを間接するために、イギリスやロスタイルド財閥が利用した男で、アヘンで巨大な冨を得ることになりましたが、今日でも、インドを支配しているのは、タタ財閥で、彼らはペルシア系の人達です。


フリーメーソン-29 サッスーン財閥
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フリーメーソン-30 ジャーディン・マセソン商会
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フリーメーソン-3  香港上海銀行
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フリーメーソン-4  エール大学 S&B
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中国の南部、華南を支配していたのは「イングランド系華南地区大結社」で香港に本部があり、アモイ・満州・広東・スワトウにも結社を持っていました。


第一次世界大戦後に、イギリスの海外植民地支配の力が弱まり、アメリカが台頭し、中国におけるアメリカ系フリーメーソンの勢力が強くなってきました。


当時アメリカは、満州方面に注目しており、中国大陸への進出を考えており、同時に北中国でのフリーメーソン組織も活発化してゆきました。

先ず1916年に北京でマサチューセッツ系「インターナショナル結社」が発足、続いて大連の「大連結社」、天津の「カレドニア結社」、奉天の「ハイクス記念結社」、ハルピンの「スンガリー結社」、また「パゴダ結社」は 張作霖と長男の張学良を加盟させ、「反日親米」を謀らせた事で有名であます。

1934年、中国側のフリーメーソンの協力を得て、「国際ユダヤ財閥会議」がロンドンで開かれ、「国家最高経済顧問」であるリースロス博士(フリーメーソン会員のユダヤ人)等はそこで、中国経済改革の為の経済政策を決めました。

これは、上海を基点とする中国横断鉄道計画、沿線各地の開発など、中国利権を求めて イギリスのサッスーン財閥、フランスのオットー・ウルフ財閥、アメリカのユダヤ系各財閥が参加する事が決定し、日本にも参加を求める為、リースロス博士を団長とする経済使節団が派遣されましたが、国際感覚の無い日本政府は一蹴してしまいました。

一方で、蒋介石はリースロス案に直ちに乗り、「弊制改革」は急速に実現し1935年11月4日から蒋介石は「銀本位制改革法令」を発布して、忽ちの内に「中国農工銀行」を発行の紙幣は国立銀行発行の法廷通貨と同等に承認され、銀貨の大部分が英米系財閥に集まり、彼らは銀相場操作で6割以上の利益を挙げました。

また、蒋介石政権もこれを軍用金として利用し、浙江財閥を率いる宋子文も大いに儲けたのでありました。


イギリス、アメリカ共に満州進出に興味をしめしており、日露戦争後、鉄道王ハリマン(フリーメーソン会員で、ロシア革命に資金援助)が満州での鉄道建設や各種開発を重視し、満鉄の共同管理を提案した事が有りましたが、日本に拒否されてしまいました。

アメリカが「門戸開放」を主張して満州開発への参加を希望した事から、日米関係が冷却化し、「日米開戦」の直接原因も、米国からの「日本勢力の満州からの撤退要求」で有った事は周知の通りであります。


ここに、フリーメーソンつながりで、蒋介石とアメリカの民主党(ユダヤ系ロスチャイルド財閥がバック)の関係は蜜となり日本を敵視するようになり、第二次世界大戦も、今日の経済戦争でも、アメリカの民主党は日本に厳しく対応してくるようになりました。


明治時代から、日本とイギリス(ユダヤ系ロスチャイルド財閥がバック)は蜜月の関係にありましたが、国際感覚の無いお馬鹿な政治家により、イギリスやロスチャイルドを敵に回してしまい、その後、大変な目に合わされてしまったのです。



日英同盟から学ぶ
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