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2008/5/24

フリーメーソン-101  阿部定 と 軍部暴走  フリーメーソン
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阿部定 ( 1905 - 消息不明 )


昭和11年(1936年)5月18日に、阿部定という女性が、情夫の石田吉蔵を絞殺し、彼の男性器を切り落とした事件が起こりましたが、たかがこの程度の事件が、何故にこれほどにも騒がれ、未だに語り継がれているかを、我々日本人は考えたことがあるでしょうか。 実は、この事件をこれほどまでに騒がせ、有名にしたのは、大日本帝国陸軍であり、第二次世界大戦に突入していった軍部暴走のきっかけとなっているのです。 


昭和7年(1932年)5月15日に大日本帝国海軍急進派の青年将校たちが、首相官邸に乱入し、護憲運動の旗頭の犬養毅首相を暗殺した五・一五事件が起こりました。

この背景にあったものは、昭和4年(1929年)の世界恐慌に端を発した大不況で、企業倒産が相次ぎ、社会不安が増しており、新興財閥は日本の植民地を拡大すべく、政府を裏から操作している時期で、

昭和5年(1930年)にロンドン海軍軍縮条約を締結した前総理若槻礼次郎に対し、不満を持っていた海軍将校は、若槻襲撃の機会を狙っていました。  

しかしながら立憲民政党は選挙で大敗し、若槻内閣は退陣を余儀なくされ、事なきを得ましたが、犬養は護憲派の重鎮で軍縮を支持していたのが、海軍青年将校たちは気に入らなかったのです。

また、犬養は中国の要人と交流があり、特に孫文とは親友の関係にありました。 よって、犬養は満州侵略には反対の立場をとっており、日本は満州から手を引くべきだという持論を持っていました。

しかしながら、明治になり戦争にあけくれた軍部と、その戦争利権で癒着する三井や、三菱、大倉、安田などの新興財閥にとっては、邪魔者でしかなかったのです。  信じれないかも知れませんが、このテロ事件の資金や武器は、民間企業からでていたのです。


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また、事件の前日、5月14日にはハリウッドのチャップリンが来日しており、彼も標的にされていましたが、犬養首相との会談を直前でキャンセルしたので、難を逃れることが出来ました。

この海軍急進派青年将校たちによる、テロ事件の結末は、彼らは軍法会議にかけられ、反乱罪として裁かれ、また関係した民間人は東京地方裁判所で殺人罪・殺人未遂罪として裁かれました。

しかしながら、当時の政党政治の腐敗に対する反感から、犯人の将校たちに対する助命嘆願運動が巻き起こり、将校たちへの判決は軽いものとなり、これが後の大日本帝国陸軍の青年将校たちが起こす二・二六事件につながってゆく事になります。


五・一五事件で、犬養首相を殺害した、大日本帝国海軍の青年将校らが禁固15年以下の刑にしか受けなかった事も影響し、

昭和11年(1936年)2月26-29日に、今度は大日本帝国陸軍皇道派の影響を受けた青年将校らが1483名の兵を率い、「昭和維新断行」を掲げて、二・ニ六事件を起こしました。

この事件は、大日本帝国陸軍の派閥の一つである皇道派の影響を受けた、一部青年将校らは、かねてから「昭和維新・尊皇討奸」をスローガンに、武力を以て元老重臣を殺害すれば、天皇親政が実現し腐敗が収束すると考えており、昭和11年2月26日未明に決起し、

岡田啓介(内閣総理大臣)、鈴木貫太郎(侍従長)、斉藤実(内大臣)、高橋是清(大倉大臣)、渡辺錠太郎(陸軍教育総監)、牧野伸顕(前内大臣)、後藤文夫(内務大臣)の殺害を図り、

その上で、彼らは軍首脳を経由して、昭和天皇に昭和維新を訴えました。


当日、川島義之陸軍大臣によって反乱に理解を示すかのような陸軍大臣告示が東京警備司令部から出され、昭和天皇の 「自ら近衛部隊を率いて反乱軍と戦う」 発言があるも、なお陸軍首脳部は武力鎮圧を躊躇し、戒厳令が敷かれると反乱部隊までもが戒厳部隊に編入されるような措置を採りました。

しかしながら、この事件の結末は、青年将校たちは裁判にかけられ、二・二六事件の主謀者である青年将校・民間人17名は死刑となり、多くの者は禁固刑を言い渡されました。


この二・二六事件の後処理で、事件に関係したことを疑われて、予備役に編入された皇道派の陸軍上層部が、陸軍大臣となって再び陸軍に影響力を持つようになることを防ぐために、 「 軍部大臣現役武官制 」 が復活することとなりました。

これは、事件の関与が疑われた、荒木貞夫や真崎甚三郎が、事件後に予備役に編入されていたため、予備役武官を軍部大臣に就かせないようにする目的がありました。 

予備役(よびえき)とは、一般社会で生活している軍隊在籍者をさし、有事の際や訓練の時のみ軍隊に戻ります。


この、「 軍部大臣現役武官制 」 は、明治33年(1900年)に、山縣有朋首相の主導で、軍部大臣現役武官制を明確に規定したのが始まりで、当時勢力を伸張していた政党に対して、軍部を権力の淵源としていた藩閥が、影響力を維持するために執った措置とされています。

しかしながら、日露戦争後の国際状況の安定と政党政治の成熟により、藩閥と軍部の影響力は衰え、大正2年(1913年)には軍部大臣の補任資格を「現役」に限る制度が改められました。

再び軍部の影響力が強まった、昭和11年(1936年)の二・二六事件をきっかけに、軍部大臣現役武官制は復活する事となったのです。


「 軍部大臣現役武官制 」 は、陸軍の政治干渉に関わった将軍らが、陸軍大臣に就任して再度政治に不当な干渉を及ぼすことのないようにする目的でありましたが、後に陸軍が後任陸相を推薦しないという形で内閣の命運を握ることになってしまいました。

陸軍の場合は三長官会議(陸相・参謀総長・教育総監)の合意によって新陸相を推挙することとしていましたが、いくら首相が組閣して、現役武官を陸軍大臣に据えようとしても、陸軍の総意にかなわない人事は不可能で、陸軍からの陸軍大臣の候補者が得られずに、組閣断念に追い込まれるという事が、何度も起こってしまったのです。


大日本帝国憲法では、内閣の各大臣は各々が天皇から任命され、各人が天皇に対して責任を負うという形をとっていました。  まず、天皇は首相を指名し、任命された首相は、天皇の組閣の要望に応じて、各省の大臣をリストアップし、本人の承諾を得た後、天皇に報告します。  そして天皇が、各々を大臣に任命するというシステムです。

しかしながら、昭和11年の、「大臣および次官は現役に限る」と定めた官制は、重要ない意味を秘めており、官制と言う、法的に効力を持つ改正法は、国家元首といえども憲法に従い、好き勝手をすることは許されませんでした。 国家の主権たる天皇でも、軍を好き勝手に動かす事は出来なかったのです。

こうして、これが、軍部の暴走を許す事になり、「軍閥」という派閥を形成し、以降ファシズムの暴走は、誰も止める事が出来ませんでした。


この、 「 軍部大臣現役武官制 」 は、昭和11年5月18日の 「官報」 で報じられましたが、この日は阿部定事件が起こった同じ日であり、大日本帝国陸軍は、自分たちに都合の良いこの制度を、一般人の目から隠すために、「 阿部定事件 」 をメディアを使って必要以上に騒ぎ立てたのです。


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この頃は、踊り子が脚を上げただけでも、うるさかった警視庁や憲兵隊も、この事件に関しては、新聞社などのエログロ記事には目をつむり、そうなれば、いつの時代でもアホしか集まらないメディア業界は、一般大衆の興味を引くために、面白可笑しく書きたて、一般大衆もそれに乗せられ、お祭り騒ぎをしていたのであります。

そうして、大日本帝国陸軍の思惑通り、たかがこの程度の事件に、脳みその足らない新聞記者や、お馬鹿なメディア業界がお祭り騒ぎしている間に、


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天皇ですら陸海軍を制御し、ブレーキを掛ける事は出来なくなり、陸軍では陸軍参謀総長が軍を掌握する最大の権限を握り、また海軍では軍令部総長が最大の権限を握って、天皇と言う主権者の意思すら不在のまま、日本は軍部とそれに癒着する三井・三菱・大倉・安田などの財閥にひきづられるかのように、戦争に突入していったのです。

そして、品性のない彼らは、自国の国家戦略など全くお構え無しに、好き勝手に暴走し、あげくは、満州で阿片ビジネスにまで手を染め、戦争でボロ儲けした金で、酒池肉林に浸り、

一方、戦争に駆り出された兵士たちは、戦略無き戦争の犠牲となり、一家の大黒柱を失った、残された家族やその子供たちは、人には言えない辛い苦労をし、悲しく苦しい人生を歩んだのです。



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