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2008/5/31

フリーメーソン-105  ハリー・S・トルーマン  フリーメーソン
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Harry S. Truman ( 1884 - 1972 )


トルーマン大統領(民主党)は、アメリカ合衆国の第33代の大統領で、ルーズベルト大統領の死を受けて、第二次世界大戦の終戦真近の1945年に副大統領から、大統領に昇格しました。 原子爆弾の開発、マンハッタン計画を推し進めたは、ルーズベルト大統領ですが、原子爆弾投下の指示をしたのは、このトルーマン大統領です。

トルーマン大統領もフリーメーソンで、所属していたロッジは、Belton Lodge No.450, Belton Missouriですが、このロッジに所属していた何名かのメンバーは分離し、Grandview Lodge No.618, Grandview Missouriを設立し、トルーマンはマスターに選ばれています。 そしてフリーメーソンの兄弟とトルーマンは、Sovereign Grand Inspector General,33°をつくり、Supreme Councilの名誉会員となり、

1959年5月18日には、International Supreme Council,Order of DeMolayのHonorary (名誉)Grand Masterに選ばれています。



トルーマンは、1884年5月8日に、ミズリー州ラマーで、ジョン・アンダーソン・トルーマンとマーサ・エレン・ヤングの息子として生まれ、

高校卒業後、銀行の事務職に就き、1906年には父親を手伝うために就農しましたが、後に政治家になる事を志し、票を獲得するために、クー・クラックス・クランの支援を得るため同団体に加入したり、かなりのエゲツない事もしています。

1922年に、カンザスシティの民主党員トム・ベンダーガストの支援を受け、ジャクソン郡の裁判官に選任されたのを皮切りに、1934年にトム・ペンダーガストの支援により、トルーマンは上院議員に当選しました。

そして、ロスチャイルドの子飼いであるルーズベルトが、世界の金融と軍需産業を支配するロスチャイルドGrのために、軍事費にかなりの国家予算をつぎ込んだ事に対し、1941年に軍事費の不正使用に関して調査報告を行い 「 トルーマン委員会 」 が設立し、委員会の調査報告で150億ドル近い浪費が押さえられ、彼の名は世間に知られるところとなりました。


フリーメーソン-103  フランクリン・D・ルーズベルト
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/697.html


1944年の大統領選挙が近づくと、トルーマンは副大統領候補として、その名が浮かび上がり、ルーズベルトからの電話で、指名をしぶしぶ受諾しています。

そうして、副大統領になったトルーマンですが、ル−ズベルト大統領が1945年4月12日に急死し、トルーマンは大統領に昇格しました。


彼は、フランクリン・D・ルーズベルトと同じく、強烈な人種差別主義者で、白人以外の有色人種を絶滅させたがっており、世界で初めて日本に原爆投下を行いました。

後に、ワシントンポスト紙によって、トルーマンは日本に計18発の原爆投下を承認していた事実が発覚しています。


原爆の使用は、共和党の大物議員たちが強い反対をしており、後に共和党大統領となるアイゼンハワーなどが猛反対で、マッカーサーを含む共和党支持者の米陸海軍の将軍たちも全員が反対意見を具申していました。

このような共和党の強い反対の中、トルーマンは原爆使用の話を持ち出すことが出来ず、日本への原爆投下命令はポツダム宣言の一日前(7月25日)に既に行われており、先にソ連のスターリンに知らせており、共和党の議員に原爆投下が伝えられたのは、投下二日前(8月4日)であり、共和党の議員たちを激怒させております。


さらに、1957年1月7日に、トルーマンは水爆の開発を発表し、戦後のソ連との冷戦の中で核開発競争に突入してゆくことになります。  

また、別途投稿したいと思っておりますが、何故に原子爆弾を開発する必要があったのでしょうか?  それは当時、アメリカ、イギリス、ドイツでブームとなっていた 「 優生学 」 があり、白人以外の劣等民族である有色人種を絶滅さそうという計画があったのです。

「 優生学 」 は、「 民族衛生学 」 とも呼ばれ、彼らにとって有色人種は、ばい菌でしかなかく、敵国にも関わらず、アメリカのロックフェラーやハリマンは、ナチスドイツの優性学研究所に資金援助をしています。

例を示せば、ミュンヘンの「 精神医学研究所 」、ベルリンの 「 カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所 」、さらに、ヘルマン・ポール、アルフレート・グロートヤーン、ハンス・ナハツハイムといったドイツの優生学者に資金援助を行っていました。


フリーメーソン-96  アウシュヴィッツ
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/690.html


一方、アメリカでは、カリフォルニア州の主要な優生学組織だった「 人間改良財団 」と 「 アメリカ優生学協会 」のカリフォルニア支部は、1930年代を通じて、ナチス・ドイツに様々な情報を提供しており、カリフォルニアに日系人収容所が建設されたのも、無関係ではないでしょう。


トルーマン大統領にとっては、戦後も、国連の創設、冷戦、朝鮮戦争など、多忙な大統領職でありましたが、

日本復興の立役者であるフリーメーソンのマッカーサーを解任、朝鮮戦争の行き詰まり、中華人民共和国の共産主義勢力と戦っているはずが中国を支援するという論理性のない事をやっているうちに、人気が急下落し再選の可能性がない事を悟ったトルーマンは、次の大統領選不出馬を決めました。



フリーメーソン-89  蒋介石
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/683.html
フリーメーソン-99  李香蘭
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/693.html






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