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2008/8/12

フリーメーソン-146  フリーメーソンとは何か-21  ドイツへの伝播:フリードリヒ2世  フリーメーソン
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フリードリヒ2世 ( 1712 - 1786 ) 第3代プロイセン王  啓蒙専制君主


フリーメーソンがイギリスからフランスに伝播した後、急速にヨーロッパ諸国にロッジが拡がってゆきました。 ドイツに最初のロッジが創設されたのは1737年で、ハンブルグ、マンハイム、ライプツィヒ、フランクフルトに拡がり、ドイツのフリーメーソンはイギリス、フランスを経由しており、ほぼ啓蒙主義と同義のものと理解されていました。



優れた軍事的才能と合理的な国家運営でプロイセンの強大化に努め、芸術的才能にも恵まれた啓蒙専制君主のフリードリヒ2世が、はやくも1738年にブラウンシュバイクでフリーメーソンに加入していたことでも、フリーメーソンと啓蒙主義の深い関係は理解され、フリードリヒ2世は1744年にグランドロッジ 「 三つの地球 」 を創設しています。


また、ドイツ啓蒙思想の頂点をなすゴットホルト・エフライム・レッシングが、フリーメーソンに強い関心を寄せ、みずから1771年にフリーメーソンに加入している事からも、フリーメーソンと啓蒙思想の結びつきを象徴的に示していると言えます。


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ゴットホルト・エフライム・レッシング ( 1729 - 1781 )  ドイツ啓蒙思想家


レッシングは、ドイツのザクセン州カメンツという小さな町の聖職者の息子として生まれ、ライプツィヒ大学で医学と神学を学び、その後に著作・創作活動とともに、様々な職を歴任した、詩人・劇作家・思想家と様々な顔を持つ、ドイツ啓蒙思想の代表的な人物で、フランス古典主義からの開放を目指し、その後のドイツ文学のあり方を決めた人であります。

その活動は、ゲーテやシラー、カント、ヤコービ、ハーマン、ヘルダー、メンデルスゾーンなど当時のドイツ文学・思想に多大な影響を及ぼし、彼の死後、文学・哲学界では、カトリックから無神論と批判される 「 スピノザ論争 」がおきました。

彼の代表作の一つである 「 エルンストとファルク 」 は、 「 フリーメーソンの為の対話 」 という副題が付いている事から分かるように、この主題はフリーメーソンであり、自らフリーメーソンとなった、この一級の知識人は、1770年代のドイツにおけるフリーメーソンの現実の姿を冷静にみながら、真のフリーメーソンとは何かと追求しており、18世紀のフリーメーソン運動の成熟なかたちを示していると言えます。

レッシングの親友の一人に、クリストフ・フリードリヒ・ニコライがいますが、彼がフリーメーソンの起源に関して、イギリスのフランシスコ・ベイコンの科学主義にあるという説を提出しています。  

徳川時代の初期の頃、ヨーロッパで起こった カトリック vs プロテスタントの宗教戦争( 30年戦争 : 1618 - 1648 )の戦場となってしまい、国土は荒廃し、人口も半減してしまい、他のヨーロッパ諸国に200年の遅れをとってしまったドイツに於いて、合理的精神での科学技術の驚異的発展は、啓蒙思想によって産み落とされた、この近代フリーメーソン思想から始まるのであります。



フリーメーソンとは何か  まとめ  
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/770.html






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