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2008/9/22

アラブ首長国連邦 ( UAE : United Arab Emirates )  国際政治・金融・企業
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イギリスの保護下にあった、全ての首長国は、1968年イギリスのスエズ以東からの撤退宣言を受けて、連邦結成の機運が高まり、1971年イギリスの撤退に伴い、アブダビ、ドバイ、シャールジャ、アジュマーン、ウンム・アル=カイワイン、フジャイラの各首長国が集合して連邦を建国。 翌1972年、ラアス・アル=ハイマが加入して現在の7首長国による連邦の体制を確立。

ペルシャ湾を挟み、イランの対岸にある、クウェート、サウジアラビア、バーレーン、アラブ首長国連邦、オマーンは全て親米国家、石油を安全に運ばなければなりませんから・・・、日本もお世話になっています。

首都       : アブダビ
人口       : 449万6000人
最大の都市  : ドバイ
ドバイの人口  : 226万1995人
         (インド系42.3%、アラブ系17%、パキスタン系13.3%、その他18.3%)
           
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タグ: UAE アブダビ 石油

2008/9/25  6:18

投稿者:金港丸
ありがとうございます。
小さな国ですが頑張りますね。

http://diary.jp.aol.com/4kvbum2pdv/

2008/9/23  0:11

投稿者:Renaissancejapan
ドバイにインド人が多いのは、UAEを統治していたイギリスは、植民地インドとの交易におけるハブとして、ドバイを利用しており、その時から来たインド人が、ドバイに住み着き、子孫を残したのが大きな原因です。 その頃、ドバイは真珠の産地で、宝石好きのインドの人々が、ドバイにビジネスチャンスを求めてやってきました。 しかしながら、ドバイの真珠産業は、日本のミキモトが真珠の養殖に成功し、ドバイの真珠産業はクラッシュされました。 インド人が多く住み着いているのは、最近のドバイの経済発展に伴う、出稼ぎ労働者ばかりというわけではありません。 ドバイはイスラム色の少ない街で、服装や食事についても制約が少なく、欧米の女性のように短パン、タンクトップでも問題ないようです。 

2008/9/22  23:39

投稿者:Renaissancejapan
ドバイ建国の父は、シェーク・ラーシッドで、彼が海外から企業誘致のためのフリーゾーン、人工港、空港、道路建設など今日の基礎をつくりました。 彼は正規の教育を受けていませんでしたが、物事の本質を理解できる人で、今の日本の政治家のように小細工などには興味のない人でした。 彼の後を継いだ長男のシェイク・マクトウームで、その後の後継者が3男のモハメッド皇太子で、彼が今日のドバイの発展に大きな拍車をかけました。 いずれも素晴らしい人材で、3代にわたり名君だったので、ドバイの発展も当然かも分かりません。

2008/9/22  22:56

投稿者:金港丸
 ドバイの首長がすごい方ですが、印僑の方がこんなに多いのですね、
 インド系の・・・イスラム教の方々なのかな?

http://diary.jp.aol.com/4kvbum2pdv/

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