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2008/11/5

北朝鮮拉致問題をオバマ大統領へ  国際政治・金融・企業

アメリカで初ての黒人大統領が誕生しました。 その名は、Barack Hussein Obama, Jr.(バラク・フセイン・オバマ・ジュニア)。  彼のポリシーは、人種や宗教による偏見をなくし、人権を尊重する社会を創ってゆきたいとの事で、是非実現するように期待するところです。  我が国は、この21世紀に信じられないような、北朝鮮による拉致被害者が多数おり、日本国政府は、是非このチャンスを活かして、アホブッシュが北朝鮮をテロ支援国家指定解除したのを、全世界に訴えて、オバマ大統領に再度、テロ支援国家に指定してもらい、さらに拉致問題の解決を図って欲しいものだと思います。  今の時期であれば、オバマ大統領も真剣に耳を傾けざるを得ず、千万一隅の拉致問題解決のチャンスであります。

麻生総理、外務大臣、外務省の役人達が、このくらいの事をやれないようであれば、そのポストにいて給料を貰う資格はなく、解任・減給をすべきであります。  

また、阿呆の田中角栄・真紀子、社民党、民主党が、この問題解決の邪魔をし続けてきましたが、彼らの行動は裁判で訴えられても不思議ではない共犯者達であります。

北朝鮮拉致問題
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/493.html#readmore
菅直人の口座をチェックせよ
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/494.html#readmore

                   Wikipedia、他より

日朝首脳会談(第1回)以前、特に1990年代前半までマスメディアや国民の多くは拉致問題に無理解・無関心であり、日本政府も事実上無視していた。“謎の失踪事案”は新潟県で特に多発していたが、田中角栄などの政治家は地元の被害者の相談に無視を続けた。[要出典]それ以前は、1980年に公明党の和泉照雄参議院議員が拉致問題に連なるアベック失踪事件に関する質問をしたが、質疑応答において北朝鮮という国名は出なかった。

田中真紀子は、2003年10月31日、佐渡において行った藤島正之候補の応援演説で、「拉致家族の子供は北朝鮮で生まれたから本来なら北朝鮮に返すべきじゃないですか? その辺のところを蓮池何とか(=透、被害者の薫さんの兄)さんはよく考えてください。」と言って、 北朝鮮による拉致被害者家族連絡会・北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会を批判した。また、「(被害者に)耳触りのいいことを言うべきではない」、「(帰国した5人の拉致被害者の)家族の国籍は国際法上は北朝鮮籍。外務省も知っているはず。(日本帰国は)難しいとはっきり言うべき」と発言した。北朝鮮による拉致被害者家族連絡会と北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会は田中真紀子事務所に抗議したが、一切回答していない。 「50万トンじゃダメなのよ。100万トンでもあげればいい。外交にはタイミングが大事」:2000年10月に家族会が北朝鮮へのコメ支援に反対して自民党本部前に座り込んだ際の発言。

北朝鮮の元工作員・辛光洙(しんがんす)容疑者は、韓国で捕まり、死刑判決を受けていますが、彼が韓国で服役中だった平成2年(1990)、土井たか子前社民党党首や菅直人民主党元代表は、辛容疑者を含む政治犯の無罪放免要求書に署名しているとのこと

辻元清美の「北朝鮮には補償を何もしていないのに、『9人、10人返せ!』ばかり言ってもフェアじゃない」という有名な発言

遡って90年、社会党副委員長だった田辺誠は金丸信と訪朝したが、その当時は「拉致を全く知らなかった」と、9/22付読売新聞で語っている。 しかし、原さんを拉致した辛光洙が韓国で逮捕され、裁判で拉致の真相が暴かれ、日本で各紙が大々的に報道したのは85年であり、88年には国会でも「アベック行方不明事件は北朝鮮による拉致の疑いが濃厚」と明確に政府が認定しているのに、「全く知らなかった」とはこれいかに。

社会党が訪朝した頃から、何度も訪朝団を出した。77年9月から10月にかけて、つまり横田めぐみさんが拉致された頃にも出している。91年11月には友好連帯の合意書も交わしている。 01年に「つくる会」の教科書が物議をかもしたが、公民の教科書に拉致事件の記載がされていたことに対し、日教組の「教科書白書」は、「1ページをさいて北朝鮮による日本人拉致問題というコラムを意図的に掲載している」と批判。明らかに日教組は拉致事件を否定してきた。

東大の和田春樹、「世界」2001年2月号で拉致否定の論文を発表。横田めぐみさんや李恩恵などの情報や証言、ジャーナリストや識者の言動に難癖をつけ、「ほとんどの拉致事件には直接的な証拠はない」と言い切った。 が、10/7付朝日新聞夕刊で「証拠が提示できなければ行方不明者として調査を求め続けるしかないと考えてきた」と言い逃れをしている。

埼玉大(現在は大阪経済法科大)の吉田康彦、吉田康彦のこれまでの主張。
【横田めぐみさんの失踪事件は、韓国に亡命した北の工作員が平壌で聞いたという伝聞に基づくものであり、しかもその亡命工作員が特定されておらず、韓国安企部の情報操作に躍らされたというのが実態である】 【疑惑発覚のタイミングがあまりにも絶妙で、正体不明の亡命工作員の証言なども信ぴょう性に乏しくいい加減だ。きわめて政治的な色合いの濃い仕掛け爆弾、政治工作だと考えられる】 【拉致疑惑は日朝間のトゲとなっているが、従来この問題は反北朝鮮キャンペーンあるいは国交正常化反対運動に利用され、行方不明者の家族たちはその人質にとられたという側面がある】 9月17日に金正日が拉致を認めて謝罪した後、吉田は慌てて自分のHPに載せてあった発言を削除し(吉田の発言が載った他のHPで削除されているものもある。削除依頼したのだろうか?)、20日に以下の弁明文を掲載した。【私の許には電話、メール等で、「拉致を“否定“してきたお前は言論に責任をとれ」とか「謝罪せよ」とかの怒りと抗議が多数寄せられていますが、私はこれまで一度も拉致を“否定”したことはありません。もし拉致を否定した私の論文、言説、その他証拠をお持ちでしたら、お示しください。ただし否定的ニュアンスで発言した一部の片言双句だけを捉えて、言いがかりをつけるのは困ります。例えば横田めぐみさんに関しては、安明進という元工作員の証言が二転三転したので信憑性が低いと思っていました。】 「もし拉致を否定した私の論文、言説、その他証拠をお持ちでしたら、お示しください」って、自分で証拠を消しておいて今さら何を言うかね

日本共産党は実は80年代には拉致問題を「事件」と認識していた。国会でも共産党議員が拉致問題について質問している。特に共産党員で国会議員秘書の兵本達吉氏は、拉致事件を熱心に調べていた。 が、共産党は90年代になって主張を反転、「拉致は疑惑の段階でしかない」という論調に変わった。兵本氏も共産党を除名された。 志位和夫委員長は、9月10日・11日放映(収録は9日)のCSテレビ『朝日ニュースター』で、「拉致問題については、いろいろなケースがありますが、疑惑の段階なのです」と発言している(志位自身のHPにそのインタビューが掲載されている)。 17日、被害者家族の一人に名指しで責められたことを考えれば、共産党が方針を変更して以降、どれだけ拉致問題に冷たくなったかというのは、容易に想像できる。 北朝鮮の「帰国事業」宣伝にも共産党は一役買った。昭和30年まで在日朝鮮人の共産主義者は日本共産党員だったから、日本共産党の宣伝は在日朝鮮人に大きな影響力を持っていたのだ。


北朝鮮に比較的擁護的だった立場の人々、とりわけ多くの在日朝鮮人や一部の保守系政治家、または左翼勢力(主に旧日本社会党、現在の社会民主党)の中には北朝鮮による日本人拉致問題を右翼政府による捏造と信じて疑わなかった者が多く、一部では朝鮮人差別を原因とした捏造であると信じていた者もいた。

日弁連の元会長の土屋公献氏は2002年までは「拉致問題は存在せず、国交交渉を有利に進めたい日本側の詭弁である」、「日本政府は謝罪と賠償の要求に応じるどころか、政府間交渉で疑惑に過ぎない行方不明者問題や『ミサイル』問題を持ち出して朝鮮側の正当な主張をかわそうとしている。破廉恥な行動と言わざるを得ない。」と、講演で繰り返し主張していた。

日本人拉致問題を「でっちあげ」と言い続けてきた朝鮮総聯は本国にハシゴを外された格好となり、急遽記者会見を開き火消しに奔走したが時既に遅かった。同時に拉致事件に怒りを覚えた一部の日本人によってチマチョゴリを着用した女子生徒への嫌がらせ事件(チマチョゴリ切り裂き事件)や朝鮮学校生徒への暴言・暴行があると総連は主張した。

北朝鮮に対して比較的友好的な立場をとっていた人々は、この世論の大転換を目の当たりにして、日本人拉致問題を追及せざるを得ない状況[22]となり、また拉致問題を捏造と主張していた人々は事実認識の誤りを訂正して謝罪を迫られる状況に追い込まれた。

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2008/11/6  20:04

投稿者:Nishitatsu1234

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