renaissancejapn2020@gmail.com

2008/11/20

ポトシ銀山  国際政治・金融・企業
クリックすると元のサイズで表示します
セロ・リコ銀山 (ポトシ銀山)


1545年、スペイン人によって発見されたボリビアのポトシ市にある銀山、セロ・リコ(Cerro Rico)は豊かな丘と言う意味で、スペイン統治下で中南米三大銀山に数えられるようになりますが、一般にポトシ銀山とも呼ばれています。



スペイン統治下で、先住民のインディオたちは奴隷にされ、コカの葉を噛みながら過酷な採掘労働を強いられて、ポトシ銀山からは莫大な銀が産出されました。 

スペイン帝国は、伝説のポトシ銀山以外にも、メキシコからの銀、それに他の南米諸地域からの金と銀を独り占めして、自国に運び続けました。  

当時、世界の貨幣は銀貨であったため、ただ同然に銀を略奪したハプスブルグ・スペイン帝国は、圧倒的な購買力を持ち、「太陽の没することなき帝国」と呼ばれ、莫大な富を手にする事となります。

16世紀後半に、ヨーロッパのほぼ全域で、銀製の食器が造られ始めますが、これはスペインが持ち込んだ銀によるものなのです。

そして、中国の明も銀貨を使用していたので、ヨーロッパ諸国はただ同然に手に入れた銀を使って、ヨーロッパは繁栄してゆきました。  カリブ海には、多くの財宝をつんだスペイン船が行き来するようになり、この財宝を狙って海賊行為を行ったのが、エリザベス女王一世が率いるイギリスでした。

この海賊の国イギリスを代表する英雄が、キャプテン・ドレークやホーキンズ船長達であります。 

また、スペインは、日本と組んで、明を武力支配しようと企んでおり、バチカンにその資料が残されています。 当時のスペインが明征服のために、日本と本気で同盟を結ぼうとしていた事は、天正の少年使節と共に来日した司祭ペドロ・デ・ラ・クルスの別の書簡にも書かれています。  キリシタン大名とは、スペインが明征服のために、日本からの傭兵として利用するために手なずけた大名たちなのです。  

キリシタン大名が、何故彼らのいう事を聞いたかと言えば、南米から産出される火薬の原料である硝石が欲しかったのです。  世界の覇権を握ったポルトガル、スペイン、イギリスを見れば分かりますが、火薬の原料である硝石が産出する南米をおさえた国が、世界を支配しています。

また、スペインが何故、日本を狙わなかったのかと言えば、織田信長の時代に種子島に漂着したポルトガル船から鉄砲が伝わるや否や、信長は滋賀県の長浜で鉄砲の量産体制に入り、あっという間に日本はオスマントルコと並ぶ鉄砲の保有量が世界でNo.1もしくはNo.2の国になっており、軍事的に強かったからなのであります。

そして、何故に豊臣秀吉が明を征服するために朝鮮出兵をしたかというと、もしスペインと同盟を組んで明を征服しても、その直後にスペインに裏切られ、スペインは日本を征服してくることを予測していたので、先に単独で明を攻めにいったのです。  これは、ちょうど第二次世界大戦前に、中国を共同で統治しようとアメリカからの誘いを断り、単独で中国を支配しようとし、失敗した日本の状況とよく似ています。 

歴史から学ぶことは、日本は欧米の列強から共同で中国を支配しようと持ちかけられたなら、単独行動は起こさず、利益は折半になってしまいますが、欧米列強と同盟を結び、共同統治しなければならないと言うことです。

近い将来、中国に民主化の波が押し寄せ、独裁政権の中国共産党が倒れ、バブル崩壊により中国経済がガタガタになり、食えなくなった民衆が、再び革命が起す時、日本がアメリカとどう向き合い、中国経営をしてゆくかの参考となることでしょう。

17


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ