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2008/12/1

ブラッディー・メアリー  国際政治・金融・企業
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ブラッディー・メアリー (Bloody Mary)


皆さんは、2次会などで、ホテルのラウンジで飲んだことがあると思いますが、真っ赤なブラッディ・メアリーは、ウォッカベースのトマトジュースで割ったカクテルです。  このカクテルの名前の由来は、16世紀のイングランド女王、メアリー・チューダ (メアリー1世)が名前のモデルとなっています。 

エリザベス1世
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エリザベス1世の父親はヘンリー8世ですが、彼の最初の妻はキャサリンで、夫婦揃って敬虔なカトリック教徒でありました。 しかしながら、野心家のアン・ブーリンが王妃の座を狙い、アンに夢中になったヘンリー8世はキャサリンと離婚する決意を固めますが、カトリックでは離婚が禁じられており、ヘンリー8世はカトリックと決別し、イングランド国教をつくりました。

そうして、何の罪も無いキャサリンに刑を執行し、幽閉してしまいます。 この最初の妻キャサリンとの間に生まれたのがメアリーで、2度目の妻アンとの間に生まれたのがエリザベス1世であります。

突然に愛する母を失い、正当な継承者であったメアリーは、アンによってエリザベス1世の侍女と言う屈辱的な身分にまで陥れられ、さらにアン・ブーリンは自分の地位を安定のためにメアリーの暗殺まで企てました。

1546年に王位継承法が改正され、メアリーは異母弟エドワード(エドワード6世)の次に王位につく資格が与えられ、エドワードが1533年に15歳と言う若さで早死にすると、メアリーはイングランドで最初の女王となりました。

敬虔なカトリック信者であった母の影響を受けたメアリーは、父ヘンリー8世が宗教改革を覆し、イングランドをカトリックに復帰させ、プロテスタント(イングランド国教)を激しく迫害しました。  

このカクテルの真っ赤な色が血を連想させ、プロテスタント迫害で 「血まみれメアリー (Bloody Mary)」 と恐れられた、メアリー・チューダ (メアリー1世)にちなんで命名されたのが、このカクテル、ブラッディ・メアリーです。

メアリーは異母妹エリザベスを、母キャサリン・オブ・アラゴンを離婚に追いやった女の娘として終生憎み続け、死の前日にようやく自分の後継者として指名するほどでありました。

その後、エリザベス1世は、イングランド国教を保護し、カトリックのスペインやローマ教皇との対立は決定的なものとなってゆきました。

ちなみに、エリザベス1世の母であるアン・ブーリンは、父ヘンリー8世によって処刑されており、エリザベス1世は一生を独身を通しました。

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