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2008/12/7

スペイン無敵艦隊の敗北  国際政治・金融・企業
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アルマダの海戦


エリザベス1世が即位した頃は、イングランドは借金地獄に陥っており、王室の領地まで切り売りしなければならない有様でした。  そこで、エリザベス1世は、他国の財産を横取りしても許されるという滅茶苦茶な免許(私掠免許)を海賊達に与え、金銀財宝を積んだスペイン船を襲撃・略奪させ、その利益の一部を王室に納めさせていました。  これが後に、イギリスの海外侵略の原動力となり、大英帝国の基礎を築きあげることになります。

この時、私掠免許を貰って活躍した有名な海賊がドレーク船長で、彼がスペイン船から略奪した戦利品の額は、イングランドの国家予算に匹敵するものでありました。 

アルマダの海戦は、1588年にスペイン無敵艦隊と、イギリス艦隊の間で起こった武力衝突ですが、この原因はスペインが植民地から自国に物資を移送する途中で、何度も英国の海賊に襲われたため、イングランドの女王エリザベス1世に海賊船を取り締まるよう申し入れましたが、上述の如く、エリザベス1世は聞き入れるどころか海賊行為に加担していた事、またスペインを支配下においていたハプスブルグ家の覇権を、イギリス・オランダ・フランスなどが手を組み、崩そうとしていた事、さらにはカトリックvsプロテスタントの宗教戦争の一面もあります。



海賊のフランシス・ドレークは、元々は奴隷貿易を生業としていましたが、やがて自分の船を持ち船長となるとスペイン船を襲う海賊行為を始め、上述の如く、スペイン船を襲い、巨額な金銀財宝を略奪した褒美として、エリザベス1世によってナイトの称号を貰い、貴族になりました。  

さらに、イングランド海軍の中将に任命され、1588年のアルマダ海戦ではイギリス艦隊副司令官に任命され、イングランド艦隊の実質的な指揮をとり、火のついた船を敵艦隊に送り込むという海賊らしい戦法により、スペイン無敵艦隊を壊滅させ、大勝利を得る事になりました。

西欧の海上権を失ったスペインは、1603年にオランダに独立を許し、1640年にはスペインが支配していたポルトガルもスペインから離れ、イギリスやフランスからも圧力を加えられ、スペインはこのときすでに「太陽の沈まない帝国」の面影がすでになくなっておりました。 

ここに、スペインをも支配していた神聖ローマ帝国のハブスブルグ家の覇権は、オランダ、フランス、イギリスに移ってゆく事になります。 そして、宗教面ではカトリックからプロテスタントが力を持つようになりました。



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