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2008/12/8

ピグリム ファーザーズ  国際政治・金融・企業
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The Mayflower (メイフラワー号)


16世紀のヨーロッパは宗教改革の時代で、新旧の教徒が激しくもみあい、イングランドではヘンリー8世がローマカトリックと縁を切り、オランダはスペインから独立し、カトリックからの自由を得ることになりました。  新教徒 (プロテスタント) と言っても、初期の頃は教義の面で新旧があいまいであった為、カトリックからもプロテスタントからも評判はかんばしくありませんでした。 「もっと、純粋化 (ピューリファイ) して、はっきりせんかい!」  と叫んだ人々が清教徒 (ピューリタン) と呼ばれ、イングランド国教会に絶望しきった人々は、これと縁切りするということで分離派 (セパラティス) と呼ばれ、清教徒のなかでも、教義に対して厳しい人たちでありました。



この人たちが自由を求めて、1608年にオランダに移住しますが、手に職が無いために経済的に苦しくなり、いっそアメリカに渡ろうということになります。 アメリカにヴァージニア植民地ができると聞いたからであります。 

彼らはまずイギリスに帰り、国王から入植についての特許状をもらい、1620年にオランダ人を船長とするメイフラワー号に乗って、男女・子供合わせて102人で、イギリスのプリマスを出航しました。  65日間も航海し、やがてコッド岬を見たとき、彼らは上陸に先立ち、みずからの憲法をつくりました。  新しい社会を建設し、秩序を維持するための憲章で、 「 メイフラワー誓約書 」 としても有名です。

彼らのことを、後にピグリムファーザーズ ( 巡礼の父祖たち ) と呼ぶのは、統率者ともいうべきブラッドフォードが、聖書にちなんで、自分達は 「 この世の旅人 」 だと自称したのがはじまりです。  ちなみにブラッドフォードは、後にマサチューセッツ州プリマス植民地第二代の総督になっています。

ともかく、彼らは近代市民国家の小サンプルをつくった人々で、その思想はオランダにおける10年間で出来上がったものといえます。



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