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2009/4/15

ローマ帝国の物語-6 ローマ建国  ローマ帝国の物語

成人したロムルスとレムスはアムリウスが自分たちを殺そうとし川に流したこと、またヌミトル王(双子の祖父)やシルビア(双子の母)に行った酷い事を知り、それまで育ててくれた羊飼いのファウストルス(義理父)が止めるのを聞かず、復習を果たすため町に向かい、アルバ・ロンガ王国の国王アムリウスを倒す事に成功しました。

アルバ市民も、すべてのいきさつをヌミトルから聞くと、ロムルスとレムスが由緒正しいヌミトルの孫である事を知り、「若い二人をアルバ・ロンガ王国の国王に!」と口々に叫びました。  しかし、二人はヌミトルを再び王座につけると、羊を追いながら育った第二の故郷に戻り、新たな国をつくりはじめました。

やがて、二人の仲は悪化し、どちらが王になるか、鳥占いで決めることになりました。 鳥占いは、二人が別々の場所に立ち、沢山の鳥が早く現れた方が勝ちというもので、ロムルスは パラティヌスの丘、レムスはアウェンティヌスの丘に立って鳥が来るのを待ちました。  先に鳥が現れたのはレムスの方で6羽が現れました。 ロムルスの方には遅れて12羽が現れ、結局勝負はロムルスの勝ちとなりました。 
  
こうして国王になることが決まったロムルスは、パラティヌスの丘に国をつくり、その国を自分の名にちなんで、ローマと名づけました。 紀元前1世紀の学者ウアロによれば、これは紀元前753年4月21日の事だと言われています。

しかしながら、レムスはこれに納得せず、「鷹が咲きに現れたのは自分のほうだ」と、自分こそが王に相応しい人物だと憚らず、事あるごとにロムスルを軽んじる態度を見せました。  事件は城壁が完成したときに起き、レムスは「こんな貧相な城壁など簡単に飛び越えられるぞ」と言って、本当に飛び越えてしまいました。 

それに怒ったロムルスがレムスを無礼打ちにし殺害し、こうしてロムルスが支配者となり、テヴェレ川のほとりに紀元前753年にローマを建国し、ロムルスはその後39年間に渡って、ローマの王として君臨し続けました。


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パラティヌスの丘の残るローマ遺跡






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