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2009/4/28

ローマ帝国の物語-14 第六代王 セルヴィス・トゥリウス  ローマ帝国の物語
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セルヴィスの城壁 (オレンジの線)


六代目のローマ王となったセルヴィス・トゥリウス(BC578-BC535)は、先代の王タルクィニウス・プリスコがはじめた事業の完成をまず考えました。 湿地帯の干拓事業とユピテル神殿の建立は既に終わっていたので、彼にはローマ全体を守る城壁完成の事業が残されていました。 これは2500年経った今でも、「セルヴィスの城壁」と呼ばれ、現代のローマにもところどころ残っているもので、ローマの七つの丘すべてを囲い込む大規模なものであります。 セルヴィスによって完成した城壁に守られ、また軍事上の成功も積み重なり、この頃ではローマは、周辺の部族の中でも、抜きんでた存在になっていました。


セルヴィスは、アベンティーノの丘の上に、狩の女神ディアナに捧げる神殿を建立させますが、この女神は牧畜業を主とする周辺の部族の守護神でありました。 セルヴィスは、他者を拒む城壁と、他者を受け入れる神殿の建設を同時に行い完成させた、粋なことをする王でありました。

城壁で有名なセルヴィスですが、彼の成した業績のうちで最も重要なのは、軍制の改革で、同時に税制、そして同時に選挙制度の改革で、@国民の義務は税金を払うこと Aもう一つの義務は国を守ることと考えていたからです。 

古代ではローマに限らず、ギリシアでも、直接税は軍役を務めることで支払うのが普通で、それをしてこそ一人前の市民と認められました。 一人前の市民なら、当然権利を持ちますが、市民の権利は投票権で、それ故に、軍政=税制=選挙制という図式が成り立つのです。


セルヴィスは、ローマではじめての人口調査を行いましたが、その主目的は、ローマの戦力を知ることにありました。 調査の結果である市民の数や経済力をもとにして、彼がつくりあげた新制度では、ローマ市民は貴族・平民の区別はなく、経済力をベースに6階級に分けられました。 

第一階級は、財産として10万アッシス(1アッシス=327gの銅)、ケントウリア(百人隊)騎兵18、歩兵80を有し、票数は98持っていました。

第ニ階級は、財産として7.5万〜10万アッシス、ケントウリア(百人隊)歩兵20を有し、票数は20。

第三階級は、財産として5万〜7.5万アッシス、ケントウリア(百人隊)歩兵20を有し、票数は20。

第四階級は、財産として2.5万〜5万アッシス、ケントウリア(百人隊)歩兵20を有し、票数は20。

第五回急は、財産として1.25万〜2.5万アッシス、ケントウリア(百人隊)歩兵30を有し、票数は30。

階級外は、無産者(プロレターリ)で、ケントウリア(百人隊)歩兵5(予備役)国家存亡の危機に限り、常には軍役免除、票数は5。

ローマでは、一人一票ではなく、軍団の最小単位である百人隊ごとに、一票を持っていました。


セルヴィスは、独自の戦法を確立し、ローマ軍団の威力は圧倒的となり、周辺部族との戦闘も、勝利に次ぐ勝利の連続となり、こうして生まれも定かでなかった彼の治世も44年に及ぼうとしていました。

セルヴィスには、娘が二人いましたが、正反対の性格を持つ姉妹で、一人は勝気、もう一人はおとなしい性格の持ち主でした。  そして、先王タルクィニウスの方にも息子が二人いて、こちらも正反対の性格を持つ二人で、一人は気の強い野心家、もう一人は穏やかな性格の持ち主でありました。

王セルヴィスは、この4人を結婚させますが、似た性格の持ち主同士は結婚させませんでした。 勝気な王女は穏健な性格の従兄弟に、おとなしい王女は野心家の従兄弟に嫁がせました。 結婚生活によって、それぞれの性格が中和されるのを期待したからであります。

しかしながら、これが失敗で、気の強い王女トゥーリアは、穏健な性格の夫を事あるごとに軽蔑し、自分と似た性格の義弟を誘惑します。  そして、まもなく、穏やかな性格の持ち主二人ともが、何故か急死します。 互いに独り身になったトゥーリアとタルクィニウスの二人は結婚します。

そして野心家の二人はよからぬ事を考え、タルクィニウス・スペルブスは元老院で演説し、「生まれも定かでない者を王に頂くのはローマの恥である」と言い切ります。

元老院議員たちは、タルクィニウスに賛成しませんでしたが、彼を追い出すこともしませんでした。 そこに変革を知った王セルヴィスが駆けつけてきますが、タルクィニウスは王を横がかえにし、そのまま外に出て、元老院入り口の階段の上から、王を投げ落としました。 屈辱に心をさいなまれ王宮に戻ってきたセルヴィスを待っていたのは、タルクィニウスの刺客たちの剣でありました。 セルヴィスにまだ息はありましたが、この瀕死の父親の身体の上に、娘トゥーリアの馬車が襲いかかり、セルヴィスは息を引き取りました。 紀元前535年の話です。


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■ Tullia Driving her Chariot over the Body of her Father Servius, who
Murdered Tarquinius , her husband
Giuppe Bartolomeo Chiari 1654-1727
│Oil on canvas, BH #398│65 x 87 inches│


そして、暗殺に成功したタルクィニウス・スペルブスは第七代ローマ王となり、トゥーリアは王妃となりました。








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