renaissancejapn@aol.com

2009/5/9

ローマ帝国の物語-18 ブルータスの死  ローマ帝国の物語

ローマから追放されていた、先王タルクィニウスは、王位への復帰をあきらめてはいませんでした。  亡命先のエトルリア地方を精力的にまわり、エトルリアの諸都市に軍勢を貸してくれるよう説得し、エトルリアのタルクィーニアとウェイの二都市はローマからエトルニア勢力が一掃されたことに関して、不満を持っており、タルクィニウスに援軍を約束したのも、この二都市でありました。

名門の若者たちの王政復古の試みが失敗に終わった事を知ったタルクィニウスは、もはや王位は力で奪回するしかないと思い、彼は軍を率いて南下をはじめました。 一方、迎え撃つローマ軍は、二人の執政官が指揮を執り、騎兵隊はブルータスが、歩兵軍はヴァレリウスが指揮を執りました。


両軍は、ローマから一日の距離のところで出会いますが、エトルリア軍の騎兵隊は、タルクィニウスの長男アルンテスが指揮を任されており、ローマの騎兵隊を確認した彼は、自軍の前面に馬を進め、ローマの騎兵隊に向かい、指揮官同士の一騎打ちを提案し、ブルータスも馬を前に進めました。

従兄弟同士の闘いで、アルンテスには自分たちを追放した張本人ブルータスへの怒りをぶつけ、大将同士の激しい撃ち合いは、見守る両軍の兵たちの前で、しばらくつづきますが、力は均衡していました。  ほとんど同時に、二人の大槍が相手の胸深く貫き、串刺しになった姿のままでもんどりうって落馬しました。

これが両軍の兵士の戦意に火をつけ、彼らは大将の遺体を思いやるよりも、敵兵にぶつかっていきました。   戦闘は騎兵隊にとどまらず、追いついた歩兵軍団の間でも、繰り広げられ、ヴァレリウスが指揮をとるローマの歩兵に対し、エトルリアの歩兵を指揮するのは、先王タルクィニウスで、こちらも実力は伯仲していました。

戦闘は日が落ちるまで続きますが、自領内に引き返した両軍の陣営で、その夜のうちに、奇妙な噂が広まっていました。 ローマ軍の戦死者の数よりも、エトルリア側の戦死者の数が一人だけ多く、戦いはローマ軍の勝利に終わるというものでした。 兵士たちは、これを神の声だと信じました。

翌朝、ローマ軍は戦場に戻りましたが、エトルリア軍の姿はどこにもなく、ヴァレリウスはブルータスの遺体と共に、ローマに凱旋、ブルータスの葬式は国葬で行われ、ローマの女たちは、父親が死んだときと同様、一年の喪に服しました。







------------------------------------------------------------------------








1


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ