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2009/6/11

ローマ帝国の物語-37 カエサルとクレオパトラ  ローマ帝国の物語
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映画 クレオパトラ (1963年) エリザベス・テーラー、リチャード・バートン主演


カエサルがエジプトの首都アレクサンドリアへ到着したのは、ポンペイウスの死から4日目の事でありました。 


カエサルがアレクサンドリアを訪れたとき、エジプトでは後継者争いが繰り広げられており、本来はクレオパトラと実弟で、王のプトレマイオス13世で共同統治する決まりでしたが、わずか13歳のプトレマイオス13世を思いのままに操っていた、宰相ポティノスにとって、クレオパトラは邪魔な存在でありました。

そして、ポティノスはクレオパトラを砂漠の中に追放、孤立無援となったクレオパトラにとって、カエサルのエジプト訪問は、またとないチャンスで、彼女は丸められた絨毯(じゅうたん)のなかに身を隠し、カエサルの宿舎に忍び込みます。

カエサルは、クレオパトラが美女であることもさることながら、実際にはその聡明さに惹かれ、エジプト制圧のためには、プトレマイオス13世よりも、彼女と組んだほうが良いと冷静に考えました。

カエサルがクレオパトラを支持したことを知ったポティノスは、エジプト軍にカエサル殺害を命じますが、意外なことにローマ軍の一部も彼に反旗を翻しました。 絶体絶命の危機を迎えたカエサルは、泳いでファロス島へ逃れますが、ローマの援軍が到着すると、形勢は瞬く間に逆転し、わずか一日で2万人以上の敵軍兵士を殺害し、その中にはプトレマイオス13世も含まれていました。

本来なら、エジプトはローマの属州になるところですが、クレオパトラが居たために、カエサルはそうはしませんでした。

当初、カエサルとクレオパトラは、お互いを利用しあう関係でしたが、次第に2人の関係は親密度を増し、やがて2人の間に男の子が生まれます、その名はカエサリオンでカエサルが残した唯一の子供であります。

カエサルはアレクサンドリアに1年以上滞在した後、ローマに戻り、終身の独裁官に就任しますが、ルビコン川を渡ってからわずか4年目の出来事でありました。








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