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2009/6/17

ローマ帝国の物語-42 アントニウスとクレオパトラ-2  ローマ帝国の物語
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■アクティウム海戦  Lorenzo A.Castro


アクティウムの海戦とは、紀元前31年9月にオクタヴィアヌス軍とクレオパトラ・アントニウス連合軍の間で行われた海戦で、戦場がイオニア海のアクティウム(現ギリシア共和国Punta)沖であった為、この名がつけられました。




クレオパトラにぞっこん惚れ込んでしまい、エジプトに住み着き、自分の管轄の属州の統治をほったらかしにしたアントニウスの評判が落ちてゆくのは当然で、兵士たちの士気は落ち、ローマ市民は彼のことを「非国民」と呼び始めました。

アントニウスを排除するチャンスが到来したとみたオクタヴィアアヌスは、彼をエジプトやシリアをクレオパトラに与えた反逆罪で告訴し、元老院もオクタヴィアヌスにアントニウス討伐の許可を出します。

紀元前31年、オクタヴィアヌス軍とアントニウス・クレオパトラ連合軍が、ギリシア北方のアクティウム沖で激突、百戦錬磨のアントニウス相手に、オクタヴィアヌスは苦戦を強いられますが、

気まぐれで突然クレオパトラ率いるエジプト艦隊が戦線離脱した事で状況は一変します。 なんと、それを見たアントニウスはクレオパトラの船を追いかけ戦場を去り、残されたアントニウスの軍は総崩れとなり、オクタヴィアヌス軍の圧勝に終わり、名将と誉れ高かったアントニウスの評判は地に落ち、後世にまで伝えられる事となりました。


古今東西、女で身を滅ぼす有能な男は数知れず。 古代に比べ文明がいかに発達しようとも、人間というものは進化せず、いつの時代も、愚かにも男は同じ過ちを繰り返すのであります。







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