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2009/7/25

ローマ帝国の物語-67  皇帝ネロ  ローマ帝国の物語
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ローマ帝国代5代皇帝ネロ (Nero Claudius Caesar Augustus Germanicus; AD37-68)


紀元41年1月24日、第三代ローマ皇帝カリグラは副官カレアスとサビヌスによって暗殺され、第四代皇帝には叔父のクラウディウスが就任しました。 クラウディウスには元妻メッサリナとの間にブリタンニクスという男の子がおり、彼を後継に指名しようとしたところ、妻アグリッピナは自分の息子ネロを皇帝にするために、彼に毒入りのキノコを食べさせ、彼が全て吐き出しても介抱すると見せかけ、再び彼の口に毒を注ぎ込みました。 クラウディススは一晩中もだえ苦しみ、夜明け前に息を引き取りますが、紀元54年10月13日、享年64歳でありました。 そうして、アグリッピナの望みどおり、ネロは、紀元54年わずか17歳の若さで皇帝の座に就く事になります。  





カリグラと並び、愚帝として有名なネロですが、彼がローマを治世した最初の5年間は、「ローマ最良の時代」とも言われ、彼は善政をしきました。  これは、彼が優れていたからというより、セネカとブルスという類まれなる才能を持つ後見人に恵まれていたからであります。 特に、セネカはストア哲学者として有名ですが、「ヘラクレス」などすばらしい悲劇の脚本を書いており、後のイギリスのシェクスピアなどは、かなりセネカの作品を参考にしています。

しかしながら、全ての権力を掌握しようとするアグリッピナに拒絶反応を示し、ネロの権限を強化しはじめますが、それが彼女の逆鱗に触れ、なんと彼女はブリタンニクスの後押しを始めます。 

また、ネロは後の皇帝となるオトーの妻サビナに熱を上げ、オトーを左遷し、彼女と暮らしはじめ、母アグリッピナの言う事を聞かなくなっていきますが、それが面白くないアグリッピナはネロを酒に酔わせ、その間に母子相姦をしでかします。 それを嫌悪したネロは強い自己嫌悪に陥り、アグリッピナをロードス島に幽閉しますが、それだけではサビナの怒りが収まらず、ネロは彼女にけしかけられ、母アグリッピナの暗殺にふみきりました、紀元59年の事です。 

この頃からネロの心は微妙に乱れ始め、叔母を殺し彼女の財産を奪ったり、他人の家に勝手に入り金品を盗み、それを競売にかけて小遣いを稼ぐ事もありました。 また、お忍びで宮殿を抜け出し友人たちと乱痴気騒ぎをし、一回のパーティに400万セステルティウス(5億円)も費やした事もあり、それを見かねたセネカは異論を唱えましたが、以前は師とあおいだセネカの言葉にもネロは耳を貸さなくなり、彼をカンパニアに追放しました。

ネロは子供の頃から音楽を習い、特に声楽を好んでいましたが、彼の声はしわがれており、音量もありませんでした。 彼は自分の舞台での拍手に満足せず、ローマ全土から5000人以上の若者を呼び寄せ、割れんばかりの拍手を得ましたが、このサクラにかかった費用は年間120万セステルティウス(1億5000万円)であったと伝えられています。

ネロがアンツィオに滞在していた紀元64年7月19日、ローマ市の大競技場の一角から火の手があがり、この火事は1週間近く続き、ローマ市内のほとんどが灰となりました。

これは、ネロは以前から、前皇后を祀る黄金宮殿建設の計画を持っていましたが、当時のローマには新たな宮殿を建てるスペースはなく、街を焼き払う事を考えていたのです。 そうして、焼失した街を利用して、黄金宮殿の建設を開始、また民家や道路の再建工事も積極的行われました。 歴史家のスエトニウスによれば新たなスペースを確保するだけでなく、火事場から金品を進みだす目的もあったとしています。

ローマの再建が達成され、ネロは市民も喜んでいると信じて疑いませんでしたが、民衆は街のあちこちで、「あの大火はネロの仕業に違いない」と噂し、ネロの耳にも届きました。

このままでは、民衆の心が離れてしまうと恐れたネロは、当時ユダヤ人の間で勢力を増しつつあったキリスト教にめ目をつけ、スケープゴートを必要としていたネロは、キリスト教徒が放火したとして、前教徒を逮捕し、即決裁判で判決を下しました。

そして、円形闘技場のなかで、キリスト教徒たちは猛獣の餌となったり、十字架ににかけ油を塗って、松明かわりに燃やすなどして、キリスト教徒たちは迫害されてゆきます。

しかしながら、信仰心の強いキリスト教徒たちは迫害されればされるほど、強くなり、恐れるどころか、信者の数は増えてゆきました。 そして、キリスト教を信仰しない人でも、この罪なき人々を迫害するネロの暴挙に拒否反応を示し、キリスト教徒たちの味方になってゆきました。

この時、イエスの直弟子であったパウロとペトロのどちらも、処刑されています。







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