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2009/9/23

ローマ帝国の物語-97  ムハンマド  ローマ帝国の物語

東ローマ帝国は、1453年にイスラム勢力のオスマン帝国により滅亡させられますが、イスラム教の創始者ムハンマドは、東ローマ帝国が衰退をはじめた570頃、アラビア半島の商業都市メッカで生まれました。  

当時、アラビア半島は、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)とササン朝ペルシャの両大国にはさまれ、時には一方の勢力圏になり、時には他方の勢力圏になるということを繰り返していましたが、ムハンマドの登場する頃には少し状況が変わり、大国同士の戦場になりやすいメソポタミアやコーカサス、東アナトリアを通るルートを避けて紅海を通る商人が増えてきたために、ヒジャーズ地方(メッカ・メディナのあるところ)が発展し始め、大国の力が衰え始めたときに、独立を目指して新しい勢力(イスラム教)が台頭してきても不思議ではありません。



父アブド・アッラーフ(アブドゥッラーフ)は彼の誕生する数ヶ月前に死に、母アーミナもムハンマドが幼い頃に没したため、ムハンマドは祖父アブドゥルムッタリブと伯父アブー=ターリブの庇護によって成長し、母親と同じくらいの年の寡婦である、富裕な女商人ハディージャと結婚し、生活の安定を得ることができるようになります。

このコンプレックスが、後の彼の性癖やイスラム教の女性蔑視、女性を奴隷として扱う原点となります。 一方で、敵を征服したときには、兵士に3日間略奪を許し、相手方市民の財産を公然と奪うことができたことと、敵国の女性を奴隷として何人でも所有することを認められていた事が、兵士たちのモチベーションとなって、イスラム教は「右手に剣、左手にコーラン(イスラム教に改宗するか、それとも死を選ぶか)」というジハード(聖戦)思想に基づく、恐怖政治により、快進撃を続けることになりました。

よく、イスラム教は他の宗教に寛容だなどと馬鹿げた事をいう人がいますが、間違いです。 他の宗教に非寛容であるからこそ、イスラム教に改宗しないなら殺すぞ!として武力で広めていったわけで、何故にユダヤ人は改宗せずとも保護されたかというと、イスラム教に改宗した人たちは税金を免除されたので、全員がイスラム教徒になると税収がなくなってしまうので、ユダヤ人は金を持っていたのでイスラム教に改宗させないほうが得であったというだけの話です。

すなわち、ムハンマドは聖職者というよりは、女性コンプレックスの塊の少し歪んだ、天才的軍人であったという事です。

ムハンマドは、610年頃悩みを抱いて、マッカ郊外のヒラー山の洞窟で瞑想にふけっていたムハンマドは、そこで大天使ジブリール(ガブリエル)に出会い、唯一神(アッラーフ)の啓示を受け、その後も啓示は次々とムハンマドに下され、預言者としての自覚に目覚めたムハンマドはイスラム教を興しました。


ムハンマドの女性コンプレックスからくる性癖、イスラム規則はかなり歪んでおり、自分の養子ザイドの妻ザイナブが美人であったので、自分の妻にしたいと考え、ザイナブを略奪し結婚したり、

幼児趣味もあり、彼の妻となったアイーシャは結婚時満6才で50歳代のムハンマドに嫁ぎ、満8歳で正式に結婚したとあり、正式の結婚とは行為があったという事です。

ムハンマドは、神のお告げにより、イスラム教では4人の妻までは認めていましたが、自分には制限をつけませんでした。 当時、彼は9人の妻を持っていましたが、その矛盾を突かれると、後で神から、ムハンマドは9人までの妻を持ってよいとお告げがあったといいだすのですから、もうお笑いの世界です。  

えらく馬鹿らしく、些細な事に、いちいちお告げをする神様にも呆れますが、そんな宗教を有り難がる人たちも、どうかしていると思います。 このような神様を信じる人がいたら、ハッキリ言ってあげます。 あなたはアホです。


私は、宗教はあまり信じておりませんが、無くしてしまえという意見も持ちません。 信仰により、社会の安定化が図られ、人々の精神を癒してくれるなら、それはそれで価値があるじゃないかという意見ですが、このイスラム教の暴力性と、女性に対する差別には、辟易とする物があります。

少なくともこの2つの問題に関して、改革して欲しいものだと思います。


いずれにせよ、このような女性コンプレックスを持った天才的軍人ムハンマドにより創られたイスラム勢力が、1453年にコンスタンティノポリスを陥落し、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)を滅亡に追いやることになります。



イスラム教の問題点-1 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/119.html
イスラム教の問題点-2
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/120.html

イスラムの繁栄と衰退
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/117.html
ムハンマド(マホメット)と聖徳太子
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/116.html








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