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2009/10/17

マキアヴェリ  -9  ヴァレンティーノ公との出会い  マキアヴェリ 

1500年、マキアヴェリは就任後まもなく、ピサ戦線の視察に派遣されました。  自国軍をもたないフィレンツェは、ピサ戦線の膠着した戦況を打開するために、ルイ12世のフランス軍の支援を仰ぎましたが、実際に彼が見たものは、フィレンツェ軍が、傭兵隊長パオロ・ヴィッテリの処遇にほとほと手をやき、フランス軍もまた、スイス傭兵隊の給料の支払いが滞り、到底戦えないという惨状でした。



同じ年、マキアヴェリは、ピザ問題の決着、傭兵の給料にけりをつけるために、ルイ12世のもとに出発します。

正式の大使は、任務の途中で病にかかったので、マキアヴェリが代理で、ルイ12世とその顧問のルーアン大司教ジョルジュ・ダンボアーズとヌヴェールで折衝しますが、

大司教は、ピザ問題よりは、チェーザレ・ボルジアの動向に注目すべきと警告、ボルジア家の
傑物チェーザレは、このころ旧教皇領のロマーニャ地方の征服にとりかかっており、イモラ、リミニ、ペザロの小都市はひとたまりもなく陥落し、フィレンツェにも危機が迫っていました。

いまや、祖国フィレンツェは、西にピサ戦線をかかえ、東にチューザレ・ボルジアの脅威にさらされており、さっそくマキアヴェリはチェーザレの動静を調べるために、進撃途中のチェーザレのもとに遣わされました。

マキアヴェリが、その日々を激動の時代と痛感したのは、書記局に勤務して間もない、このチェーザレ・ボルジア(ヴァレンティーノ公)との出会いだったとされています。






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