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2006/1/21

東アジアとヨーロッパ-8  国際政治・金融・企業

筋金入りのカトリックであるイエズス会の宣教師たちですが、布教もさることながら、日本や中国を征服するための諜報活動や、工作活動も忘れてはいませんでした。 

ここで、注意をしておかねばならないのは、カトリックも決して一枚岩ではなく、イエズス会、フランチェスコ会、ドミニコ会、アウグスティヌス会で、主導権争いが行われていた事です。 

まず、宣教師たちは、南蛮貿易、武器製造ノウハウ、女、などを利用し、大名達を買収してゆきました。 伊達政宗はフランチェスコ会がバックにつき、一般にキリシタン大名と呼ばれる人たちはイエズス会がバックにつきました。 伊達政宗の場合、ヨーロッパ人の愛妾を持っていたのは有名な話です。

イエズス会の宣教師達は、有馬、大友、小西などのキリシタン大名と結託して、日本に足がかりとなる基地をつくり、その基地を次第に拡大してゆきました。

イエズス会東インド巡察視であるアレッサンドロ・ヴァリヤーノは16世紀後半に3度来日し、「日本巡察記」を記した人ですが、フィリピン総督にあてた書簡に、「日本布教は最も重要な事業の一つであると言へ、何故なら国民は非常に高貴かつ有能にして理性に従うからであります。 また日本は軍事力もあり、何らかの征服事業を企てるには不向きであり、シナを征服するは簡単で重要である。」と書き送っています。

また、フィリピン・イエズス会のフロンソ・サンチェスがスペイン国王に書き送った武力征服計画には、シナ人は自国のおびただしい人口に自身を持っている物の、スペインのわずかな鉄砲隊で、何百万人ものシナ人を滅ぼせるという事が分かっておらず、先年もわずか13人の日本人が搭乗した小船が渡来し3000人以上のシナ人に包囲されるも、簡単に日本人は脱出し、近くの海岸の船を奪って逃げてしまい、シナ人は何も攻撃できなかった事が記されており、日本人を利用してシナを征服すべきであると報告しています。

これは、スペイン側が勝手な妄想で言っているのではなく、日本側の平戸の松浦氏、あるいは小西行長などのキリシタン大名から、必要な際には軍隊を提供する用意がある旨の意思表示が行われていたと推定される証言が発見されているようです。 

宣教師達は、中国の武力征服に当たって、日本と同盟を組むのが有利とし、具体的に協力すべき武将として、小西行長の名を挙げており、当時のスペイン人が中国(明)征服の為に日本と同盟を本気で考えていたことは、天正少年使節団とともに来日した司祭ペドロ・デ・ラ・クルスの別の書簡にも書かれています。

イエズス会の計らいによって、信長の統治時代に日本を出発した天正少年使節団は、ローマへの途中、フィリップ2世に2度拝謁しており、1591年には聚楽第で、ポルトガル使節団との謁見が行われ、秀吉はフィリップ2世に向けて贈答品と手紙を送っており、その中にはシナを征服する計画がある事を気軽に書き添えています。

当初、スペインは日本と組んでシナを征服し、共同経営を考えていたようですが、結局は
秀吉が明への出兵(朝鮮出兵はその道中の話)を単独で行い、失敗をしています。

これを第2次世界大戦の時と類似していると指摘する意見も多くあります。
アメリカの鉄道王ハリマンと組んで満州経営を行う案を、小村寿太郎の反対でそれを放棄し、単独で満州経営に乗り出し、結局は失敗してしまったケースと似ているからです。

日本人は優秀で、日本は国力を持っていても、単独で海外に進出し植民地経営するだけの能力を持っていない事を認識し、「身の程をわきまえる事」が歴史からの教訓です。

現在は、軍事ではなく、経済で中国進出しておりますが、日本一国で利益を享受しようとせず、欧米列強と利益を分かち合い、彼らの力も借りながら経営してゆく事を心がけねばなりません。 

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