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2009/10/24

マキアヴェリ  -12  マキアヴェリ逮捕  マキアヴェリ 

マキアヴェリは、1年間フィレンツェ領内での拘束処分を受けますが、悪いことは重なり、翌1513年の早春、一つの事件に連座し、反メディチ派の陰謀が発覚し、巻き添えを喰うことになます。  陰謀の首謀者が、将来味方になりそうな人物を物色して、マキアヴェリの名前をメモに残した事から生じ、バルジェッロ(公安局)と呼ばれる庁舎の牢獄にぶち込まれ、拷問も受けました。  明らかな冤罪ではあるものの、釈放は2週間後の事です。


教皇ユリウスが長生きしていたら、彼の牢獄生活はもっと長いものになっていたに違いありません。  ユリウスは、マキアヴェリが指摘した教皇の平均在位10年(11章)を書き終えたとき、急逝しました。

新教皇レオ10世は、メディチ家出身のジョバンニであった為、街中が祝賀で沸き立ち、大赦令が出され、マキアヴェリは出獄が許されたのです。


その日、マキアヴェリは身体が動かなくなるほど、暴飲暴食を行ったと記録されています。

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