renaissancejapn@aol.com

2009/10/30

マキアヴェリ  -16  君主論 メディチ家への手紙  マキアヴェリ 

英邁なるロレンツォ・デ・メディチ殿に、ニッコロ・マキアヴェリが捧げまつる、


およそ君主のご恩顧にあずかろうと望む人であれば、自分が大切にしている持ち物なり、ご嘉納いただける品を持参して伺うのが、おおかたの習わしかと思います。  献上の品にしましても、名馬や鎧兜、錦織、宝石、装身具など、君のご威光にかなうものを差し上げますのを、たびたびこの目で見てきました。  そこで、私としましても、何か殿への忠誠の証をたずさへて、お目にかかりたいと願っておりました。  しかし大切なものとか、それらしい宝といいましても、小生の財産には、偉大な人々の行いを知り学びましたこと、それしかめぼしいものはございません。  これは、近来の出来事に多年関わって経験をつみました事、それに古代の事柄について平素かかさぬ読者から知りえた事に他なりません。  しかも英傑についての知識は、長い時間をかけて思い巡らせ、細心の注意を払って解き明かしたもので、やっと近頃一冊の小さな書物にまとめる事が出来ました。 殿下には、是非これを差し上げたいと存じます。


もとよりこの小品、お贈りするのにふさわしいなどとは思っておりません。 とはいえ、私の学びえた全ての事柄を短時間でお分かりいただける、そのための手段(てだて)を献呈しますことが、私の出来ます最良の贈り物とお察しくださり、快くご受納いただけるものと、堅く信じています。  永年にわたって、さまざまの辛苦と危険に遭いながら、すべてこの目で見て、会得した事柄なのです。

世間のおおかたの著述家は、自分たちの叙述に体裁をつけようとして、もったいぶった修辞や美辞麗句、巧言なり心にもない文飾など使いこなしますが、ここではそうした面倒な飾りをはびきました。  というのは、私の望みは、作品の文彩のできではなく、もっぱら内容の特異性、主題の持つ意義を喜んでいただければと思うからです。

もう一つのお願いは、身分の卑しい男が、あえて君主の政治を論じたり、原則にふれたりするのを、出すぎた事ととって欲しくないのです。  たとえば、風景の絵を描くものが、山々や丘の特色を観察するときに、平地に降りて身をおき、その逆に、低地の特色を調べようとして、山頂に立ってみる。  それと同じで、民衆の性質を熟知するには、君主の身になってみなければなりません。

さて、名君におかれましては、贈り主の私の気持ちを汲んで、ささやかなこの献上品をなにとぞお納めくださいますように。  殿下がもしこの書物に深い関心を寄せ、丹念にお目を通してくださいますなら、私のこのうえない願望がお分かりいただけましょう。  ご尊家が、運命とご自身のご器量によって、やがて約束されたご威勢の極みに到達成されますこと、それが私の願いに他なりません。  ついでながら、まことに貴い上座からこのような低い処へ、ときに視線を向けてくださいますなら、どれほど私が永いあいだ、不当な運命の虐待を耐え忍んできましたか、ご賢察いただけようかと存じます。

4


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ