昭和研究所

模型中心の本研究所ですが、「ハート・アンド・ソウル」で昭和に肉迫…!

 

カレンダー

2019年
← July →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

QRコード

過去ログ

カウンター

  • 本日のアクセス  
  • 昨日のアクセス  
  • 総アクセス数      

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:ラッキーユダヤ
シロイルカ様

補足ありがとうございます。

そうですか、震天隊でしたか。

この写真の人物と所属機が判明した分、一段と現実味を帯びてきますね。

濛々たる土煙を上げながら帝都防空に飛び立つ光景が目に浮かびます(笑)

投稿者:ラッキーユダヤ
hagu様

この写真の説明には「昭和18年秋、成増飛行場が完成。陸軍飛行第47戦隊が配置された。写真は隊員と慰問に訪れた家族」としか記されていませんでしたが、

シロイルカ様が補足説明して下さいました(笑)

私もしばし佇みながらhagu様と同じような思いを抱きました。


投稿者:ラッキーユダヤ
XJun様

またまた遅レスにて誠に申し訳ございませんm(_ _)m


最近は分かりませんが、私が小学生の頃は航空隊上がりの先生は戦車兵だった先生がいたりしました。

決して多くは語ろうとしませんでしたが、子供達の求めに応じて、

飛行機の中でサイダーの栓を開けたら炸裂してベタベタになった…とか、
戦車のハッチから顔を出して周囲を警戒していたら敵兵の小銃弾が鉄兜に命中して中を銃弾がグルグル回ってハゲ頭になった…等、

本当かウソか分かりませんが、いつもその話を聞くのが楽しみでした(笑)

投稿者:シロイルカ
この写真、世傑の16集におなじ写真が載っております。この画像のほうがクリアーですが。
引用しますと、震天制空隊使用機、右から四人目が二十年一月二十七日B-29に体当たり後パラシュートで生還した坂本勇曹長・・・だそうです。
キャプションには國防婦人会とありますが、写真の状態の良さを考えると、やはり親族でしょうかねぇ。
投稿者:hagu
見入ってしまう写真であります。。
この1枚の写真からも色々な事を考えてしまいます。

和服の御婦人方の凛とした佇まい、当時の日本女性の心が伝わってくるようです。
当時、民間人の方の第一線戦闘機との撮影はなかなか機会がなかったと思いますが、どういった状況で撮影されたのでしょう・・地元婦人会の方なのか
あるいはご家族の方なのか、あるいは正装なので祝賀行事なのか・・この後どんな言葉を交わされたのだろう・・とか、止め処も無く妄想してしまいます。
左から4人目の女性はうちの叔母の写真になんとなく似ておりますw
投稿者:XJunで〜す
>展示コーナー…
やはり、大戦の体験者から生の声を聞くのと、写真展示との差なんでしょうか。
私たちが聞いてきた生の声をどうすれば次の世代に伝えるかは難しい課題ですね。
学校の歴史の授業でも昭和史はろくに扱わないですし…。
考えると???となってしまいます。

http://silver.ap.teacup.com/xjun/
teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ