2006/12/12

祖谷の武家屋敷  
クリックすると元のサイズで表示します
ちょっと天愚の鼻が高くなる話し。

吉野川をさかのぼって行くと 徳島県と高知県の県境に
秘境と呼ばれる祖谷が あります。
祖谷は東祖谷と西祖谷に分かれています。
一般に祖谷の かずら橋として有名なのは祖谷口や大歩危に
近い西祖谷で平家屋敷として阿佐家の屋敷が重要です。
阿佐は阿波と土佐から一字ずつ取った名前で
県境一帯を治めていた豪族で平家の赤旗を保管しています。

写真の萱葺き屋根は もっと奥の東祖谷に ある喜多家の屋敷です。
江戸時代に蜂須賀に仕え 祖谷一帯を 任されていた地方豪族です。
屋敷の隣に樹齢800年の立派な元気な杉(鉾杉と名前が付いています)
が 立っています。この杉なら でかい舟が造れます。

私の祖母は今年96歳になります。この家で生まれ、お嫁に行くまで
暮らしていました。私の母も戦時中 一時 住んでいました。

0

2007/6/17  11:48

投稿者:天狗芝藤
喜多さん こんにちは。
私の祖母は名前を ハナ と言い、嫁入り前は 喜多ハナと
呼ばれていました.

一昨年 写真の武家屋敷 旧 喜多家住宅に行った時に
ハナのお母さんの写真が展示されていましたが
私には現在のハナさんの写真のように見えました。
たいへん 良く似ています.

その時 東祖谷の歴史民俗資料館を見学し
喜多という名前の家は 何軒も あったことを知りました。
有名な喜多の源内さんの子孫が 分家していったのでしょうか。

2007/6/15  20:58

投稿者:喜多 一志
今は亡き爺様(平次郎)と父親(正雄)から聞き、検索してみました。
喜多家の歴史が知りたいものです。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ